『グレイメルカ』 帝国三代に渡る戦乱の歴史を追う長編SRPG 感想 考察 その2

かーめるん

大陸を縦断する歴史的な戦乱を描いた長編シミュレーションRPG(戦略SLG)、『グレイメルカ』の感想、考察記事です。制作サークルはシニカルとレトリック様。作品の公式サイトはこちらです。 → グレイメルカ

グレイメルカ スクショ タイトル画面

前回の記事その1では、作品紹介っぽい内容(「あらすじ」「戦闘システム」「登場する8国」)を書きました。

記事その1:『グレイメルカ』 大河小説的な戦略SRPG 紹介 戦闘レビュー その1

今回の記事その2は、全6章のストーリーの概要&感想や『グレイメルカ』の魅力考察などが中心です。レビュー要素も含みます。ネタバレがあるので、ストーリーやエンディングを未見の方はご注意ください。

ストーリーの概要とかんたん感想

『グレイメルカ』は、6章仕立ての物語です。「主人公は誰か」という基準に基づけば、第1章/第2章~第5章/第6章という風に大きく分けられると思います。第1章がクナタ&カタリ編、第2~5章がハルカ編、第3章がカオル編です。

以下、各編について「概要(何章&何話か、主人公は誰か、関係者および関係国の情報)」と「簡単な感想」をざっくりと書きました。自分用のメモに近いです。具体的なことを書きすぎないよう気をつけましたが、ストーリー関係のネタバレが含まれるのでご注意ください。

クナタ&カタリ編(新暦494年~500年)

クナタ&カタリ編に相当するのは、第1章「暁以前」(1話~4話)です。時期的には新暦494年~500年の話になります。内容は「あらすじ」の中で書いたので省略します。

主人公のクナタとカタリは、フバーラインのアリミアという村で双子のように育った男女です。グレイメルカ作戦の被害者の子孫であり、帝国への復讐を果たすために故郷を旅立ちました。

第1章は比較的短いものの、伏線たっぷりの非常に重要な前日譚です。クナタとカタリの出自、皇太子サーシンの人となり、アスタンツとロマテアの険悪な関係、独立を保つニトン島、未知のバーメイルとフィアカルタ大王、暑苦しいスポポンド青年……など、のちのすべての章に通ずるような話題が出てきます。特にアスタンツ関連のエピソードは、数十年後の第6章の布石となるので地味に重要です。

第1章には、第2章からスタートするハルカ編(全4章)のエッセンスが凝縮されていると個人的には思います。ハルカの物語は、クナタとカタリの物語と響き合うアンサーエピソードなんだなーと第5章までプレイして感じました。第1章をじっくりと楽しむことができれば、のちのち特別な感慨をもってハルカ編をプレイできるのではないでしょうか。

主人公のクナタとカタリは、複雑な背景設定と人格を持つ魅力的なコンビだと思います。二人とも大好きです。似たタイプであるものの、互いに足りないものを補い合う組合せでもあるというのがいいですね。

また、二人と同じくらいにレシウル帝も好きなんですが、第1章は彼の人間的な魅力を堪能できる章でもあります。レシウル帝の最期を知った上でハルカが生まれたシーンを見直すと、その反応の一つ一つにちょっとヤバイくらいに泣けました。

グレイメルカ スクショ 第1章 カタリ レシウル

上記の三人が好きだったこともあり、第4話の流れには胸が潰れるような気持ちになりました。クナタとカタリに関しては二人の覚悟が決まっていたこともあって綺麗な終わり方だと感じました。ただ、レシウル帝の心境を思うと本当に心苦しかったです。後半の戦いに進むのがどうにもつらくて、前半戦で予測の書を取るために永遠に四苦八苦したいと思うくらいでした。

ハルカ編(新暦514年~518年)

ハルカ編に相当するのは、第2章(5話~11話)/第3章(12話~16話)/第4章(17話~26話)/第5章(27話~31話)です。時期的には、新暦514年~518年終わりまでの話になります。ボリューム的にも内容的にも、ハルカ編=本編と言ってしまっていいのではないかと思います。

主人公は、クナタとカタリの一人息子であるハルカ(「ハルカ」はクナタの曾祖母の名前)。物心つく前に両親を亡くしたハルカは、レシウル帝の庇護の下で育ちました。幼い頃から常に行動を共にしている第二皇子デミライトに依存し、自分は彼を守るために生きるのだと思いなしています。

第2章 「暗潮時代」

第2章「暗潮時代」では、4つの国を版図に収めたロマテア帝国の現状、皇室内部の人間関係、そして「三黒の夜」に至るまでの経緯が語られます。第1章からおよそ15年後、新暦514年~516年初頭までの出来事です。

第2章は、ハルカ編のメインエピソードとなる「ロマテア帝国内戦(クレミト戦争)」の布石となるパートです。サーシンの隠し事、デミライトの疑心暗鬼、そしてハルカの依存などが積み重なり、最悪の事態を招きます。
サドラ族のフィアカルタ、旧ドルテ王室のファテナとユラ、魔道師メレオネと弟子のヘイント&ザリップ、謎の男フェクテンと同伴者マテル、フェネックやメラなどロマテア帝国防衛隊の新兵たちが登場します。

サドラ族と戦ったりリフィアと戦ったりファテナを迎えに行ったり……といった話までは新キャラもたくさん出てきて楽しくプレイできますが、それ以降はひたすらにシリアスな展開が続きます。クナタ&カタリ編が好きだという人ほど、「三黒の夜」の顛末には胸を抉られるのではないかと思います(私はそうでした)。けっこうなレシウルファンの自覚もあるので、終盤はガチでつらかったです。

とはいえ、ハルカが感情に目覚めて逃亡者となる流れは悲壮感に溢れつつも熱かったです。影のように生気がなく掴みがたかったそれまでとは違い、あのシーンでは初めて「ハルカがハルカになった」ような感じがしました。ハルカの境遇は素直に可哀想だったので、スポポンドの忠義者っぷりを目の当たりにしたときはリアルに泣きました。

第3章 「白い少年」

第3章「白い少年」では、バーメイルに逃亡したハルカ一行がサドラ族と親しくなり、オルハダに渡って「抗帝軍」に参加するまでの経緯が語られます。

サーシンの息子・クレミトが本格的に登場し、帝国を二分する内戦の火ぶたがついに切って落とされるパートです。抗帝軍の発足、およびハルカとクレミトの合流が果たされるという点から、「起」であり「転」でもあるエピソードと言えます。新暦516年~517年初頭くらいまでの話です。

第3章でまずピックアップされるのはサドラ族とバーメイル大森林、次いでオルハダです。最後の第16話ではコートマ王国も満を持して動き出します。
味方キャラについては、料理人カンツラやフィアカルタの娘ロシェア、大工のデス、戦う医師ホワイト、天才軍師オッゾンなどが加入。第2章で出会ったロマテアの兵士らも勧誘次第で抗帝軍にやってきます。

敵キャラとしてはデザートイーグルを操るスカイリード部隊と千騎長ウィラが登場し、フェクテン率いるシアセットも戦場を蹂躙します。また、第三勢力としてコートマのクレンフゥ将軍と大陸最強の歩兵・ゴールドロードもお目見えします。

グレイメルカ スクショ 第3章 クレミト ハルカ

新天地での友情と膨張を続ける帝国、そして物語の鍵を握るクレミト少年が印象的なパートです。一番盛り上がる場面は、やはり第15話の戦闘直後ではないかと思います。第15話の戦闘マップには大苦戦したのでなおさらです(フェクテン怖い)。第2章以降プレイヤーとしてもどこか気が晴れなかったので、クレミトの登場には確かな救いを感じました。

第4章 「帝国大乱」

第4章「帝国大乱」は、抗帝軍がロマテア帝国本土に攻め込み、ハルヴィン城に辿り着くまでのストーリーです。他国の勢力も糾合し、抗帝軍は快進撃を続けます。時期的には新暦517年~518年初頭までの話になります。

「帝国大乱」のタイトル名にふさわしく、帝国内外の勢力も交えた大規模な内戦が描かれます。第3章終盤まで追い詰められていた抗帝軍は、他国からの助力も受け入れつつ攻めの戦いに突入します。
一方帝国側は、オルハダ発の抗帝軍、コートマのゴールドロード、アスタンツのヴェスポリスなど相次ぐ反乱&侵攻への対応に追われ、身内の裏切りもあって徐々に瓦解していきます。

第4章は、少数精鋭で巨大な帝国相手に勝利を重ねていく下剋上感が楽しいエピソードだと思います。
抗帝軍だけではなく南東のコートマや北のアスタンツでも大きな動きがあり、帝国に与していた旧ドルテ勢力も裏切りを決意。大陸全土(フバーラインを除く)の勢力が鳴動し、最終的に抗帝軍VS帝国軍という一つの大きな内戦に収束していく感覚を味わうことができます。

味方ユニットについては、本土を北上する中でウオラトリ、バフォメット、アイスキャット、ガンショップ、クロウ、スウテンロウなどが登場。それぞれ抗帝軍に加入します。

また第4章は、コートマのペコ、アスタンツのピピカ、ドルテのファテナと、3人の“姫”が参戦するエピソードでもあります。特に皇太子妃であったファテナの転向は、抗帝軍に多大な正統性を与えることになりました(彼女の参戦が内戦の帰趨を分けたことを思えば、第22話のタイトル名が「ファテナ」なのも納得です。ちなみに人名がそのままタイトルとなっているのは実はファテナだけです)。

グレイメルカ 第4章 ハルカ デミライト

ハルカのかつての我が家であるハルヴィン城へ近づくにつれ、戦闘は激化。ハルカは再びデミライトと会いまみえ、内戦の終結を見届けることになります。

第4章終盤では、ジェライやオブレイク殿といった帝国に殉じる猛者たちが印象深い活躍をしてくれます。彼らと戦える最終決戦は熱いですが、最後は当然ながらビターな展開が待っています。裏切られたときと同じくらいに取り乱すハルカを見ていると、プレイヤーとしても心が痛みました。

第5章 「灰色の歌」

第5章「灰色の歌」では、内戦の終結後のつかの間の平穏と、数か月後に勃発した「フバーライン反乱」の顛末が語られます。沈黙を守ってきたフバーラインが新皇帝クレミトとロマテア帝国に反旗を翻し、数十年前の意趣返しを行います。時期的には、新暦518年の初頭から終わりまでの話です。

この章ではついにハルカの出生の秘密が明らかになり、ハルカの血の同胞とも言えるグレリアが登場します。デミライトとの決着をつけたハルカは、今度はその血に刻まれた因縁に導かれ、父祖の地を初めて踏むことになります。ハルカ編のクライマックスです。

グレイメルカ 第5章 スクショ グレリア

序盤を除き、深刻かつ重たいエピソードが連続します。しかし、第1章で語られたクナタ&カタリの生き様や願いが綺麗にハルカの生に結びつく見ごたえのあるパートでもありました。盛り上がりどころ満載なので、個人的にはかなり好きな章です(♪グレリアに追い立てられる第29話の緊迫感とか最高)。

戦闘的にはカタパルトでの射撃やレムスの【玉砕】に苦戦したことを覚えています。また、ギルピット城での最終決戦はかなりの歯ごたえがありました。

この章では、それまでも顔だけ覗かせていたグレリア達(キル、スイハ、テンマなど)が強力な敵&味方ユニットとして登場します。また、伝説の鍛冶屋パパラッダやシアセットの副官マテル、コートマのクレンフゥ将軍も遅れて加入します。

最終決戦の幕切れを初めて見たときは喪失感に襲われましたが、今では納得しています。約束通りハルカを救ってくれたメレオネ先生は強い人だなーと思いました。あと、あのシーンでクナタとカタリの話題が出たときは泣くしかなかったです。

第5章に関しては、神童クレミトの成長が著しいエピソードでもあったと振り返って思います。数十年前に生じた歪みと恨みが表出するあの展開あってこそ、皇帝クレミトは千年史に名を残す名君にランクアップできたのだろうと感じました。
この章をもってハルカ編は完結し、第6章の開始まで12年もの月日が流れます。

カオル編(新暦530年)

カオル編に相当するのは、第6章「皇国の衝撃」(続1話~最終話、全6話)です。第5章から約12年後、新暦530年のうちに完結する後日談かつ『グレイメルカ』の結部に当たるエピソードと言えます。

主人公のカオルは、ハルカとメレオネの一人息子です。数年前にデミライトの落胤であるエミットと運命の出会いを果たし、母親たちに不安視されるほどエミットに依存しきっています。父と同一視されることに鬱屈を抱え、エミットと引き離されることを強く恐れています。

グレイメルカ 第6章 ハルカ カオル キル

第6章では、レシウル帝の時代から火種のくすぶっていたアスタンツ領で反乱が発生。皇帝クレミトは親帝国派のピピカを救うべく兵を動かすものの、時を同じくして自国で勃発したクーデターに翻弄されます。一方のカオルとエミットは、二人で逃避行を図るうちにこの「アスタンツ内戦」に首を突っ込み、親世代の人間たちと協力して反乱の鎮圧に向かうことになります。

カオル編と言える第6章は、中身のぎゅっと詰まったエピソードです。「かつての仲間たちの今」「ハルカとデミライトの子供の関係」「アスタンツという国の現状や歴史」「『グレイメルカ』のラストエピソード」……など。体感的にテキスト量が多いというか、支援会話的にも合間のストーリー的にも情報量の多い章だと言えます。じっくりと読めて楽しかったです。

この第6章のキーとなるコンビは、カオル&エミットノフォウル(アスタンツ側の敵)&イーバルト(帝国側の敵)だろうと個人的には思います。この2通りのコンビに共感できるか否か(もしくは共感できなくても受け入れられるか否か)で、第6章に対する納得度&満足度はかなり変化するような気がします。

正直言って初プレイ時には、結末に若干の消化不良感が残りました。しかし改めてプレイしたときは、上記のコンビにそこそこ共感できたこともあって「『グレイメルカ』にふさわしい良いラストエピソードだった」と感じました。結末を知っている分、ストーリーを「歴史」として俯瞰的に眺められたのも大きいと思います。

ラストのカオルとエミットの会話は感慨深かったです。運命から解放されたカオルの答えをもって、本当の意味でハルカ編に終止符が打たれたのかもしれないなーと感じました。

"人間がいる"『グレイメルカ』の魅力

記事その1にも書きましたが、『グレイメルカ』は数十時間くらいかけてプレイしました。それだけストーリーやキャラクターに魅せられたし、しっかりと設定を把握したいと思わされた面白いゲームでした。

記事を書くにあたって『グレイメルカ』の魅力とは何かと考えたとき、シンプルに思い浮かんだのは「人間がいる」ということでした。

『グレイメルカ』には剣を振るう英雄や幾多の魔法を操る魔道師はいても、強大な怪物や人知を超えた存在などは存在しません。いるのはただ悩みながら行動し、失敗しては後悔し、迷いながらも譲れぬもののために戦う人間たちです。

善いことを行うのも人間なら、悪いことを行うのも人間。また、善性しか持たない人間はいないしその逆もない。焦点は常に「人間の生」にあり、ストーリーの全体を通じて「なぜ生きるのか」という根源的なテーマが追求されます。

『グレイメルカ』は「勧善懲悪」ではなく「正義vs正義」を主軸とし、そのストーリーラインは唯一絶対の「正義」ではなく、複数形かつ割り切れない正義を語るものです(主人公ハルカとデミライトの関係だけを見てもそれは明らか)。

そういった姿勢を貫いた結果、『グレイメルカ』は「人間と人間が衝突し交錯することによって生み出される歴史」と、そこから生じるドラマを描き出すことに成功していると個人的には思いました。

己の求めるものは何か

『グレイメルカ』の主役となるのは、5つの国をその支配下に置き、更なる膨張を続けるロマテア帝国です。本編とも言えるハルカ編では、この帝国内部で皇位をめぐる争いが生じ、帝国本土どころか大陸全体を巻き込む歴史的な戦乱へと発展していきます。

「強大なロマテア帝国と大陸諸国」という前提を眺めると、単純に連想されるのは帝国VS複数国(連衡)という構図だろうと思います。しかし本編はそこを少しひねって、「帝国の皇位継承権をめぐる争いに他国もそれぞれの利益を求めて参加する」という形式を採用しています。

大陸各地で様々な政治プレイヤーが蠢き、いくつもの動きがやがては一つの内戦へと収束していく流れは実に痛快で見どころたっぷりです(第3章、第4章あたり)。しかし『グレイメルカ』の面白さは、繰り返される争いや駆け引きの中で、誰もが自分や自国の利益を追求して動いている点にあると思います。

もちろん義憤などの感情に駆られて動く人もいます。友情から協力を申し出る人もいます。
しかし多くのキャラクターは自分の利益を期待した上で行動しているし、それを取り立てて隠そうとはしません(そもそも作中では、「友情や愛情も突き詰めれば自分のためになること」という考え方が示されています)。

これは個人の意見ですが、『グレイメルカ』は政治から人間関係までに存在する「一見綺麗ではない部分」を臆さずに書いていると思います。利己的であること、つまりどの立場にある人間もそれぞれの利を求めていることを非難せず、冷たい行為として描くこともなく、むしろ肯定的に取り扱っているような気がしました。

たとえば、「なんで反乱軍にこんなに人が集まる?」と疑問に思う仲間にソヴォが合理的な理由をざっと挙げるシーン(第3章)には、短いながらも「『グレイメルカ』らしさ」が詰まっています。

「クレミトのカリスマ性がすごいから」or「クレミトの境遇がオルハダ国民の同情を誘ったから」みたいな理由では流さないんですよね。この場面には、ソヴォのリアリストっぷりと『グレイメルカ』自体のリアリズム的傾向がよく表れていると思います(Youtubeにアップされているペレタの剣をめぐる一幕でも、ソヴォはとことん感情抜きで合理的です)。

「利益を求める人々」という観点からストーリーを眺め始めたのは、第1章ラストでのクナタとカタリの決断を見たときです。残り少ない寿命をもっとも価値のある瞬間に使い切るという決断ですね。息子ハルカのための自己犠牲でもあるとはいえ、クナタとカタリのあまりに合理的な判断に初見で驚いたことを覚えています。

そこから第2章に突入し、再び強く興味を引かれたのは第5話~第7話で描かれる皇太子サーシンの婚姻エピソードでした。滅亡したドルテの旧王室の姫・ファテナが、帝国の次期皇位継承者であるサーシンの妻に選ばれる……という、本筋にもガッツリと関わる話です。

このエピソードにおいては二人の結婚の政略性が前面に押し出され、どのキャラも政治的判断を優先して動いていました。その判断の先にあるのは、やはり彼らなりの利益だったように思います。

たとえばレシウルは、サーシンにふさわしい女性とファテナを褒めそやしつつも、「あくまでこの婚姻は帝国の温情である」という姿勢を崩しませんでした。皇族の威容を保つために、「零落したデト家の娘であるファテナをロマテア皇室の一員として迎えてやった」という前提を重視したわけです。

婚姻を打診されたファテナも心得たもので、レシウルに挨拶するときは真っ先に「没落した家の娘」と自分を貶めました。祖父と父を処刑しドルテを滅ぼしたレシウルに対し、彼女は思うところがないわけではありません。しかし「犠牲にする人生があるだけいい」という精神の下、ただドルテの民のために仇の家に嫁ぐことを決めたのです。

このエピソード内で自分の立場と利益をうまく結びつけて動けなかった人物は、実は皇太子サーシンではないかと思います。

最初は縁談を断ろうとし、承諾した後も恋人のために腹心の部下を遠ざけるという悪手を打った彼は、「三黒の夜」で破滅することになります(サーシンというキャラは、第1話の少年時代から「優しく聡明だが脇が甘く立場にそぐわない言動が見られる」という点で描写が一貫しているのが見事だと思います)。

また、婚姻を承諾したファテナと第三者のやりとりも印象に残りました。
たとえばサーシンの弟デミライトは、婚姻のもたらす効果(ドルテ領の税の軽減)を直截に指摘します。そしてヘイントは、(餓死者の相次ぐ貧しい)ドルテを救うにはサーシンの善意だけでは無理だ、他のところから徴収しないと……とちょっと意地悪なことを言います。

グレイメルカ スクショ ファテナの婚姻

こうしたデミライトやヘイントの言葉に対し、ファテナが沈黙を守ったことにグッときました。「ドルテを救うためなら第三者を犠牲にすることも辞さない」という決意がうかがえたからです。その決意を身内のユラの前以外では漏らさないところも、当たり前とはいえきちんと賢くて好きでした。

この婚姻エピソードをはじめとして、「誰もが何かを求めて生きている」ことが作中では繰り返し語られます。「利益」と一口に言っても、それは財産から感情的な充足まで様々なことに繋がる概念です。己の利を追求することは生きることでもあります。そこを好意的に描く『グレイメルカ』には感銘を受けました。

生き生きとしたキャラクター

『グレイメルカ』に登場するキャラクターは、たいてい自身の価値観や信条を大事にしています。上にも書いた通り、自分の望みや欲求に忠実なキャラクターが多く、自分のためになることを素直に行う傾向が強いです。

支援会話では真っ向から価値観の対立する二者が会話をすることも多く、その際はそれぞれの人となりがくっきりと浮き上がります。時にはキャラが生臭くも薄情にも見えたりします。理解しがたいと思わされることも何度かありました。

しかし、嫌いだと感じるキャラクターは不思議といません。それはおそらく、自分の性格や信念に関して八方美人なキャラクターがほとんどいないからだと思います。

皆「自分はこういう人間だ」という主張がはっきりしていて、そこに共感するかしないかは完全に他者(とプレイヤー)に任せているような雰囲気があるんですよね。だからたとえ理解はできなくとも受け入れやすかったです。最終的には、他者と協調はしても迎合はしない一貫性と潔さがクセにもなりました。

関連して面白かったのは、すごく好きなキャラクターにも「ちょっとそれはない」or「さすがに言い過ぎじゃないか」と感じるポイントがあったことです。

好きなところもあるし嫌いなところもある、共感できることもあれば無理だと思うこともある、それって現実の人間に抱く感想に近いような気がします。あるキャラの考え方を好意的に感じるか否かで自分の価値観を洗い出されることさえあり、なかなか爽快でした。

例として信条がカッチリ確立されているキャラを一人挙げるなら、イケメン命のカピンちゃんでしょうか。彼女は誰に対しても言いたいことを言うキャラですが、とことん個人主義者で言動が一切ブレないので感動すら覚えます(たとえばユラとカピンの支援会話は、互いに共感する余地がまったくないのが見事です)。

もっとも、「何の為に生きているのか」と思い悩み、「何かのために」と「自分のために」が重なり合わないことを憂うキャラクターも何人かいます。主人公ハルカや、ドルテのために生きているファテナ姫がその筆頭です。

『グレイメルカ』世界では異質な存在と言える彼らが、「生きること」「自分というもの」の答えを探し求める過程もまた、この作品の見どころだと思います。

『グレイメルカ』と“歴史”について

『グレイメルカ』の面白さは、ストーリーを物語るにあたって「歴史」という要素を強く意識しているところにあると思います。

誰かの言動によってつくられ、しかしやがては荒波のように人々を呑み込んでいく歴史の一面をテーマの一つとしていること。そして、「いずれは歴史となる」ものとして全体のストーリーを紡いでいること。歴史というものの取り扱い方がたまらなくツボであり、それもあってストーリーに没頭してしまいました。

この項目では、①人が創り出し人を押し流す歴史のダイナミズム、②「歴史」となるストーリー、③歴史と「真実」の3つに区切って書こうと思います。以下、第4章~第6章のネタバレを含みます。

人が創り出し、人を押し流す歴史のダイナミズム

上にも書いた通り、『グレイメルカ』は歴史について、「人につくられるもの」であり「人を押し流すもの」であるということを意識しているように感じました。たとえば前者について、デミライトは以下のような檄を飛ばして自軍を鼓舞しています(第26話後半)。

俺達の故郷を愛する帝国の市民達!!
俺は初陣でオルハダを徹底的に叩いた、今回も同じだ!!
歴史を作るのは我ら、剣と同じ色の髪を持つロマテア人だけだ!!

「歴史を作る」という認識と、「剣と同じ色の髪を持つロマテア人」という言い回しにシビれる台詞です。大陸中央にあって常に戦争と関わり、銀色の武器を赤く染めながら勝利を重ねてきたロマテア人のイメージがパッと浮かびます。

デミライトの言う通り、ロマテア人はここ数十年ほど、自国の歴史をそのまま大陸の歴史としてきた民族です。隣国を侵略することにより、多くの人々を巻き込んで歴史を作り続けてきました。ウォレア、レシウル、そしてデミライトと、ロマテア皇帝の決断によって歴史は大きく動いてきたのです。

しかし結局のところ、デミライトは自分の思い描いたような帝国をつくることに失敗しました。のちにカンツラが指摘した通り、デミライトはむしろ「歴史の波に押し流された」と言った方が正しいような気がします。最初の波を起こしたのはデミライトです。しかし最終的にその波は彼に味方せず、彼や祖国に殉じた多くのロマテア人の命を呑み込んで流れ去りました。

ここでもう一つ、同じく第26話後半における、ハルカとの支援会話中のファテナの言葉を引用させていただきます。

私の祖父バルナクは、貴方のご両親を死に追いやりました
私の夫は貴方に殺され、ドルテ領の平和も奪われました
そして今は、デミライト様も報いを受けようとしている……命を奪った兄の、そのご子息によって
人の運命なのに、どうして人の意思で動かせないのでしょう
勝手に動き、勝手に流されていく……誰も幸せにはなれないままに

王家の姫、人質、皇太子妃、未亡人と流転の人生を経験してきたファテナらしい台詞です。そして同時に、歴史の別の一面を的確に表した言葉でもあると思います。
デミライトの言う通り、歴史を作るのは人の言動です。しかし一度起こった流れが大きな荒波となって人々を巻き込み、身動きをとれなくして連れ去っていくことは往々にしてあります。

「歴史を創り出す人々」という勇ましくワクワクするイメージと、「歴史に流される人々」という物悲しくやるせないイメージを、『グレイメルカ』は同時にプレイヤーに見せてくれます。前者の人間が最終的には後者の立場になる悲哀や、後者の立場だった人間が生き抜いて前者となる希望も伝えてくれます。

上記のような歴史の二面性を意識したストーリーは、個人的には『グレイメルカ』の大きな魅力だと思いました。ロマンとカタルシスに溢れていて大好きです。

クナタ&カタリ編にしてもハルカ編にしても、結末だけを見るとシンプルなハッピーエンドではありません。しかし全体を通してみると一つの大きな流れができていて、しっかりと納得できるのが見事だなーと思います。

「歴史」となるストーリー

『グレイメルカ』のストーリー中では、「この瞬間がいずれ歴史となる」ということがほのめかされています。第5章~第6章あたりは特にその“予感”が顕著であり、最終話のタイトルはまさに「歴史の中へ」です。「今が歴史にどう残るのか」というテーマもまた、特に第6章では繰り返し暗示されます。

個人的な思い出ですが、「もしかして各話の戦闘タイトル(例:第二次ジフピアの戦い)って後世における戦の通称だったり?」と思い当たったときにはかなり興奮しました。「今プレイしている一つ一つのイベントがまさに『グレイメルカ』世界における歴史の通過点なんだ」と実感したからです。

ちょっと脱線しますが、歴史("History")というのは、後の世の人間によって語られるお話("Story")です。生身の人間は、口や筆によって記録され伝えられることによって歴史上の偉人となります。

そして「生身の人間」が「歴史上の人」になるとき、そこにはけして埋められないギャップが生まれます。
「語られるもの」になると、どうしてもその人物にまつわる多くの事柄が捨象されます。語り手の価値観や思想、その時代の世相によって彼らの評価は変遷し、善人にも悪人にも描かれ得ることがあります。

同時代人かつ交流を持った人間でもない限り、ある人物の本当の顔を知るのはほぼ不可能です。「真実」を知りたいと心から願っても、過去の人々は現在の私たちの手の届かない領域へと過ぎ去っています。
だから後世の人間は、伝わっている事績や逸話を頼りに「彼/彼女はこういう人物であったのだろう」と考え、実際に会ったことのない彼/彼女らを尊敬したり貶したりするわけです。

個人的な意見ですが、歴史のロマンはどうあっても「真実」には手が届かないところにあるんじゃないかと思っています。今となってはわからないから、気になるし知りたいし想像も膨らむ。必死で史料等にあたってかなり近いだろう形を描くことができても、やはり本当のところはわからない……みたいなもどかしい感覚です。

タイムマシンを持たない私たちは、「真実」とのギャップを埋めることはできません。だから過去を探求することは、ミロのヴィーナスの両腕を思い描くことと少し似ているのではないかと思います。

その前提の下で『グレイメルカ』をプレイすると、ときどきすごく不思議な気分になることがありました。『グレイメルカ』(特に第6章)には、歴史が「(後世の人間によって)語られるもの」であることへの明確な意識があります。そして最初に書いた通り、今進行しているストーリーが後に歴史の一部となることも匂わされています。

ゆえにプレイヤーの私は、現在進行形の物語を同時代人として眺めるのみならず、後世の人間としての意識も持ちながら追ってしまいがちでした。『グレイメルカ』はハルカたちの物語であると同時に、「いずれ歴史となる物語」でもあるという視点が常にあったわけです。

後でよくよく考えたとき、それって途方もなくロマンチックな体験だと強く思いました。後世の人間にはけして届かないだろう過去を、プレイヤーは今現在としてありのままに眺められます。プレイヤーだけは過ぎ去る時代に存在した「真実」に手が届くわけです。

「物語の歴史化」という到達点がさりげなく匂わされているからこそ味わえる、稀有な感覚だと思います。この観点が一貫して確保されていることこそ、『グレイメルカ』の良さであり面白さではないかと個人的には感じました。

歴史と「真実」

物語の歴史化と併せて、『グレイメルカ』は上で触れた「生身の人間」が「語られる人」になるときに生まれるギャップもしっかりと意識しているように感じました。

主人公の背後にいるプレイヤーは、主人公と周囲の人々の交流をつぶさに見ることができます。彼らがどんな性格だったか、どの場面で何を思いどういう言動をしたか……彼らと同じ時間を共有して見聞きすることが可能です。
しかし何世代も下った時代で彼らが歴史上の人物として著述されるとき、その人物像が完全な形で伝えられることはまずないでしょう。

たとえば主要キャラであるメレオネの場合、後世では影魔法の創始者であることよりもクレミト政権樹立の立役者であったことが重要視されたそうです。

ストーリーを追えばわかるように、メレオネの動機はクレミトというよりはフィアカルタたちや愛するハルカの方にありました。しかし後世の人々が「クレミトの協力者」という一面に強い興味を持ったために、彼女の政治的な功績が魔道師としての事績以上に注目を集めるようになったのではないかと思います。

また、歴史化に伴うギャップが生み出す悲哀の例としては、ピピカとラタというわかりやすい例がエンドロールで示されています。
ピピカは後世、統一アスタンツで国家の母として称賛されるようになりました。しかしその伴侶であったラタは、他国人(それもオルハダ人)であったためか活躍がほとんど伝えられていません。

実際にストーリーを追ったプレイヤーにしてみれば、これは偏りのある評価に思えるのではないでしょうか。というのもストーリー上、常に彼女を守り支え導いたラタの存在なくしてピピカの躍進はなかっただろうことが示されているからです。
そもそもラタがいなければ、ピピカはクレミト戦争中の反乱やジャテンシ城事件で命を落としていた可能性が高く、帝国との宥和に思い至って辛抱強く努力を重ねることもなかったでしょう。

ウィラは「人を昇らせる資質というものもある/お前は側にいる人間を高めてやれる男なのだろう/ピピカが崇高な人間になれたなら、それはお前の影響だ」とラタに言いました。個人的にはその指摘は正しいと思います。

上二つの例を見ても、ある人物が歴史の一部となったときに大事なものが置き去られていることがわかります.。

メレオネが子供の頃から引きずっていた罪の意識、ハルカに興味を抱き愛した理由は、メレオネという個人にとって何よりも重要なものでした。また、ラタは常に献身的にピピカを支え、ピピカはそんなラタを自分になくてはならない人として愛していました。

しかしそうした事実は公に向けては語られない事柄であり、後代の人の利益や関心と関わりが薄かったために、伝えられることなく過ぎ去ってしまったのではないかと思います。

人や出来事は、語られることによって歴史となります。逆に言えば、語られないもの、語り手のいないものは歴史にはならないのです。これは歴史に残らない大多数の人に関しても当てはまる、けっこうリアルで切ない話だと思います。

しかし後世に伝わることはなくとも、プレイヤーはメレオネやピピカとラタの「真実」を知っています。彼らが後世の評価など気にせず、周囲の人間に影響を与えながら、誰かを愛して生きたことを知り得ています。つまりプレイヤーは、歴史化によるギャップという束縛から解き放たれ、彼らの本当の顔を見守ることができるわけです。

第6章にてカオルとエミットをハルカの石碑に案内したキルは、碑文の内容が非常にそっけない理由を説明します。それは皇帝クレミトが、ハルカを英雄ではなく大切な友人として記した理由と重なり合うものでした。キルはハルカの子供であるカオルにこう言います。

ハルカの記憶は、共に戦った者達だけが共有し、そして消えていく……それでいいのだ
生きた証はここにいる、記録など残っていなくても

当事者たちの「真実」が歴史の波に埋もれる悲しみと、たとえ忘れ去られても確かな「真実」があったはずだという慰め。このほろ苦く希望のある感じをきっちり描く『グレイメルカ』の姿勢は、とても印象深いものでした。

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今回の記事その2では、「ストーリーの概要とかんたん感想」「『グレイメルカ』の魅力考察」「『グレイメルカ』における歴史」について書きました。次回の記事その3では、キャラクター&BGMに関する感想を書きます。おまけ的な内容です。

『グレイメルカ』 その1(あらすじ紹介、戦闘レビュー、8国説明)
→ 記事その3(後日アップします)

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