『人魚沼』(リメイク版) 人魚伝説の謎を解き明かすADV 感想 ※ネタバレ注意
人魚伝説の真相を追うホラー探索ゲーム、『人魚沼』の感想&攻略記事です。制作者はうり様。制作者様のツイッターアカウントはこちらです。 → うりさん
人魚沼
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『人魚沼』は、深くよどんだ沼を臨む屋敷を舞台に、4人の大学生が「人魚の呪い」に直面するホラー探索ADVです。エンディングは4つ。達成度100%&全エンド回収までに4~5時間ほどかかりました。
『人魚沼』、有名なホラーゲームなので以前から名前だけ知っていましたが、つい最近リメイク版(パートボイス)をプレイさせていただきました。とても面白かったです。クリア後に設定・考察集やアナザーストーリーなども拝読しました。
シナリオやキャラ設定がよく練り込まれていて、複数のテーマが一貫して追求されているのが『人魚沼』の面白さの秘密だと思います。探索&謎解きをしっかりとこなすことで話が進む硬派さと、一貫性と奥行きの感じられるキャラ描写も魅力的です。
個人的には、凛のキャラクターが印象に残りました。最初は主人公としては変わり種だなと思っていたのですが、ストーリーが進むにつれ、彼女のキャラ造形やシナリオ上のポジションに深く納得できました。破天荒なようで友達思いの凛可愛いです。
以下は、ストーリーやキャラクターのネタバレを含む『人魚沼』の詳細な感想です。公式サイトからダウンロードできる「設定・考察集」、および制作者様によるアナザーストーリーの内容にも触れています。未見の方はご注意ください。
『人魚沼』のあらすじ
『人魚沼』のあらすじを書きます。
人魚沼
夏季休暇中に旅行に出かけた大学生の凛・清太郎・雄太・由香の4人は、山中で道に迷ってしまいます。
車もエンストし途方に暮れる4人の前に現れたのは、土田幸男と名乗る老人でした。親切な彼に招かれた4人は、広大な沼を臨む彼の邸宅に足を踏み入れることになります。
人魚沼
窮屈な車中泊をまぬかれてのびのびと周囲を散策していた凛は、土田老人から屋敷前の「人魚沼」にまつわる伝承について教えられます。
かつて土田家の男によって海浜から山奥にさらわれた人魚が、沼の水に浸かるうちに病み衰え、深い恨みを残して死んだこと。その後近くの村で女子の失踪が頻発し、人魚の祟りを鎮めるために沼のほとりに石碑が建てられたこと。そういった伝承に興味の薄い凛は、土田老人の話をそこそこに聞き流します。
長居せずに出発しようと考えていた4人でしたが、頼みの車が直らず、所用で出かけるという土田老人の厚意もあってもう一泊だけ宿を借りることに。しかしその翌朝、凛たちは、体調を崩して寝込んでいた由香がぶよぶよと膨れ上がった異常な姿で横たわっているのを発見します。
慌ててまだ息のある由香を病院に連れて行こうとするも、山中には厚く霧が垂れ込めており、4人は陸の孤島のようになった屋敷に閉じ込められてしまいます。仕方なく地図を探して探索を始める凛たちですが、その身にも怪異と狂気が迫り……。
由香を襲った怪異の正体とは。土田家がひたかくしにしてきた秘密とは。そして、謎多き人魚沼の伝承の真相とは。 凛・清太郎・雄太・由香の生死によって、エンディングは4つに分岐します。
「人間」を中心に置く『人魚沼』 感想
『人魚沼』のストーリーは、夏休みに旅行に出かけた大学生グループが山中で道に迷い、古い歴史のある屋敷に閉じ込められ、怪異現象に襲われる……というもの。シチュエーション的にはホラーの王道を行くゲームであり、「人死にの絡む不穏な伝承」「代々地主一族に伝わる秘密」といった特定の土地に染みついた伝奇的な恐怖を扱った物語でもあります。
ゲーム内の資料も豊富で、伏線と設定の凝った作品でした。由香の膨張、由香を温めることがトラップである理由、腐敗を防ぐ方法を伝える文書など、すべての伏線がトゥルーエンドとも言える全員生存エンドできれいに拾われるので、非常にスッキリとした気持ちになれます。
また、凛たち4人の関係性や、すでにそのほとんどが故人である土田家の人間の事情も練られていて面白いなーと感じました(プレイヤーへの提示も過不足なくわかりやすいです)。
ところで、『人魚沼』がストーリーの中心に据えているものは、「人間」ではないかと個人的には思います。クリアすればはっきりと分かりますが、呪いの原因とされる「人魚」も彼女らを生み出した存在も、皆もとを辿れば人間です。けして人の理解の及ばない化け物や妖怪ではありません。
それと絡んで印象的だったのは、探索ホラーにありがちな「追いかけっこ」要素がそれほど存在せず、追いかけてくるのも生身の人間(狂気モード)だけであることです。「ここで何かに追いかけられそうだな」とメタ的に思う場面(たとえば夜間の探索中)で、意外にも追いかけられたりはしないんですよね。
これは『人魚沼』で繰り返し描かれる恐怖が、「怪物が出る」系のホラーではなく、「人間のじめっとした妄執や愛憎が怖い」系のホラーだからではないかと思います。理解のまったく及ばない存在ではなく、理解できるところもある人間の心の方が時に恐ろしい。特に全員生存エンドでの種明かしを聞いていて、そんな感想を抱きました。
キャラクター雑感
『人魚沼』の主要人物は5名。主人公の凛(ヤンキー系ガサツ女子)、知恵袋の清太郎(凛のケンカ友達)、ムードメーカーの雄太(のんき)、凛の親友の由香(被害者枠)、そしてホスト役の土田老人です。
プレイしていて印象に残ったのは、やはり凛と清太郎です。昼夜を問わず果敢に探索する行動派の凛と、凛に知恵を貸し人魚沼伝説の核心に迫る清太郎。どちらのキャラも操作する機会があり、口が悪くとも友達思いの2人だと伝わってくるので、良いコンビだなーと遊んでいて愛着が湧きました。
他方、由香と雄太については役割上どうしても(ポジティブな)出番が少ないので、プレイ中は「助けるべき友人」くらいの印象でした。ただ、全員生存エンドでのアフターストーリーを読んで、2人のこともかなり好きになりました(『人魚沼』のアナザーストーリーに関しては、下の方で感想を書いています)。
土田老人については、キャラ的にはもうひと押し掘り下げが欲しかったなーと感じました。彼の存在を通じて、割り切れない人間の歪みや矛盾は一貫して描かれていたとは思います。ただ、いくつかのエンドでの彼の行動をいくらなんでも酷いと思ったので、それに関する心境をチラッとでも提示してほしかったです(たぶん全員生存エンドでは最も同情しやすい彼の一面が提示されていて、他のエンドではまた別の一面が表に出ているんだろうとは思います)。
あと、キャラクターに関して、スチルや会話からキャラの生き生きとした人格が感じられる一方、シナリオ上でのキャラの役割は厳格に決定されている(=シナリオの必要を満たすためにキャラが配置された感が強い)ことが印象に残りました。
普通はどちらかに偏ることが多い気がするので、理詰めのシナリオに登場人物がきっちりと組み込まれているのにキャラがバッチリ立っているのが不思議でもあり、魅力的にも感じました。
クリア後に設定・考察集を拝読したところ、『人魚沼』はもともと登場人物にあえてキャラ性を持たせなかった作品であり、それにも拘わらず多くのプレイヤーが登場人物に注目したゲームだったそうです。今回プレイしたのはキャラ描写が厚くなったリメイク版の方ですが、上に挙げたような『人魚沼』キャラの魅力は、リメイク以前からの特徴だったんだなーと腑に落ちるものがありました。
対立する二者が散りばめられたシナリオ
『人魚沼』のシナリオには、男と女、美しさと醜さ、感情と理性など、対立的な要素がいくつも散りばめられています。それら対立するものが非日常において混ざり合い、混沌とする様が『人魚沼』のストーリーの大きな魅力だと言えます(善悪さえ割り切れないことが、土田老人というキャラによって通底されていた印象です)。
上でも書いた通り、もともとはキャラを記号的に配置したという裏話がプレイ中の感触と合致してなるほどなあと感じました。『人魚沼』で描かれる最大の対立は「男と女」だと思いますが、登場人物の配置はその対立を露骨なくらいに反映している気がします。
たとえば、由香は優しく従容とした女性で、もっとも早く男たちに虐げられた人魚の悲しみに囚われます。膨れた彼女の姿は、哀れな人魚たちの現状を体現するものです。
一方、雄太は物腰柔らかで周囲の空気を汲んで動くタイプなので、館に残存する土田家の男たちの妄執に憑りつかれてしまいます(雄太に関しては、楽天的で明るい性格にすることで豹変時とのギャップを狙う意図もあったそうです)。
人魚沼伝説の根深い男女対立に巻き込まれた由香と雄太に対し、主人公の凛はそれら男女の妄執からは離れたところで行動し真実に迫ります。
凛は女性らしい容姿と男性的な言動という相反する要素を持っていますが、単なるキャラ立てではなくシナリオと深く絡む理由があったんだなーと設定・考察集を拝読してすごく納得しました。こういう境界的な属性を持つ主人公が難事件を解決するお話ってすごく好きです。
また、清太郎は準主人公ポジションのキャラだそうです。清太郎と凛は正反対の性格の男女ですが、シナリオ上の役割も対立・補完的である気がします。
凛は操作キャラということもあって超行動派な女性ですが、清太郎はそんな凛にブレーキをかけたり知恵を貸したりする男性です(定位置が書斎であるのも象徴的)。しばしば感情的になりすぎる凛に対し、清太郎は基本的に理性に拠ってものを考え、人魚の呪いについても終盤まで否定的な姿勢を崩しません。
『人魚沼』における男女の対立は、基本的にはいびつなものです。土田家の男の「女を一段下に置いて愛でる(虐げる)」やり方は、狂気モード時の雄太と清太郎の言動に如実に表れています。「言うことを聞け」、「大人しくしろ」という脅しは、口のきけない膨れた水死体を愛する身勝手でゆがんだメンタリティーと合致するわけです(ジョジョ4部の吉良の、「しゃべらない君は実にカワイイよ…」をパッと思い出しました)。
美しさと醜さの対比として挙げられる「オフィリアの絵」と「土座衛門」にしても、その奥に潜むのは、水死体という本来醜いものを「人魚」と呼んで美を感じる男たちの恐ろしさ(=『人魚沼』におけるホラー)です。オフィーリアは男たちに振り回されて死んだ哀れな娘なので、彼女の死をロマンチックに美化して描く画家たち(男性)という構図にも、ある種の男女の溝が暗示されているのだろうと思います。
身勝手な理由で女を虐げる男たちと、そんな男を嫌悪し憎む女たち。そんな男女の対立関係が由香と雄太の体と人格をそれぞれ乗っ取って再現されるのはなんとも見事です。また、土田老人というカオスな人物に対面した時、凛と清太郎が対照的な反応を見せるのも巧いなーと感じました(特に清太郎の心情については、設定・考察集に詳しく書かれています)。
ただ、『人魚沼』における「男女の対立」を眺めたとき、凛と清太郎の関係はその限りじゃないんだと思ってハッとしました。
人魚沼伝説の真実を追う過程において、2人の関係は(清太郎狂気モード時を除いて)いつも相互補完的なものでした。凛の行動と清太郎の知恵なくして人魚沼伝説の真相が暴かれなかったことは、特に解明フェイズでの2人のやりとりによく表れています。
清太郎が「女をさらって偏執的に愛した男」という表の物語を筋道立てて導く一方で、凛は女性たちの苦悩と憐憫に注目し、清太郎が提示した物語の根本を補うんですよね。そこにあるのは、むしろ「男女の協力」の理想形であるようにも感じました。
そういうわけで、『人魚沼』は男女の根深い対立を描く一方、それに縛られない関係性の男女2人を主人公に据えた作品でもあると私は思います。改めて制作者様のキャラ造形と構成の妙に感じ入るばかりです。
謎解き・一枚絵・ドット絵について
『人魚沼』の謎解きの難易度は程よい感じでした。アイテム所持・進行状況によって、同じ場所を調べても違うメッセージが出たりするのが細やかです。根気よく丁寧に調べていけば、攻略を見なくてもクリアできる範囲なのではないでしょうか。
板から釘を抜いて足場にする、時計のカラクリ、旧館で黒電話が鳴る条件あたりは、ひょっとすると詰まる場面かもしれません。
また、ストーリー分岐に関して巧いと思ったのは、友人との会話イベントが任意の達成度システムに組み込まれていることです。
第一の分岐はストーリーの中盤に位置し、エンド回収の為にさかのぼるにはやや遠いポイントと言えます。しかし会話イベントが進行に必須の要素ではないので、一度回収してしまえば、以後はスルーしてサクサクと探索を進められるんですよね。プレイ中にあまりもたついた感じがなく、周回プレイヤーへの嬉しい配慮だと思いました。
また、一枚絵はどれも美しかったです。美男美女ぞろい。清太郎死亡時の凛の一枚絵とか、由香が目覚める場面の一枚絵が好きでした。
あと、ドット絵の細やかさも大好きです。イベントによっては顔の表情が呆然・狂気状態になったり、絶望から暗くなったりします。手足の動きも豊かだし、喫煙時や絵画破壊時にドット絵が変化するのも素晴らしいなと思いました。
その他、オフィーリアの絵をそこかしこに配置し、ストーリーの伏線(土田家の男の妄執)として利用するのもニクイと思います。双子の対称的な部屋にボスの絵(快楽の園)が配置されているのも、血の因縁めいたものを感じることができて好きです。
エンディングの分岐と感想
『人魚沼』では、4人の登場人物の生死によってエンディングが分岐します。ざっくり書くと、ストーリー中で「3人死亡/2人死亡/1人死亡/全員生存」の4パターンの分岐が生じ、それぞれのパターンに対応したエンディングが4つ用意されています。
第一の分岐は、ストーリー中盤の「薪で由香を温めるか否か」という選択から生じます。別館1Fの物置に入り、薪を調べると持っていくかどうかの選択肢が発生します。
ここで薪を持っていくと、由香・雄太は確定的に死亡します。薪を持って行かない場合、2人は生存します。
また、ストーリー終盤手前に狂気に駆られた清太郎に追いかけられるイベントがありますが、その最中に「清太郎の斧を避けるか避けないか」という選択が発生します。ここが第二の分岐であり、「よける」を選ぶ(あるいは時間切れになる)と清太郎は死亡し、「よけない」を選ぶと清太郎は生存します。
上記2つの分岐点での選択によって、由香・雄太・清太郎死亡エンド、由香・雄太死亡エンド、清太郎死亡エンド、そして全員生還エンドのいずれかに到達となります。
ここからは、4つのエンディングについて条件と感想を書きます。ネタバレがガッツリと含まれるのでご注意ください。
八尾比丘尼
主人公の凛を除いた3人が死亡すると、「八尾比丘尼」というエンドになります。第一、第二の分岐でともに友人が亡くなるという、最悪のパターンの結末です。
地下道に侵入した凛は、後をつけてきた何者かによって地下室に閉じ込められます。長時間放置された凛は衰弱し、空腹のあまり水槽に浮かぶ人魚の肉を食べてしまい、やがては精神に異常をきたします。
その後、暗い地下室にやってきたのは土田老人でした。凛がまだ生きていることに驚きつつ、気の触れた彼女を解放する土田。彼から八尾比丘尼伝説について聞いた凛は、狂ったような高笑いを上げて森の中に消えていくのでした。
人魚を食らった女性である「八尾比丘尼」の名を冠するこのエンド、「惨憺たる」と形容するのがピッタリの結末でした。仲の良かった友人全員に死なれ、ひとりぼっちになっても地下室にたどり着いた凛を、ここまでむごい目に遭わせる必要はあるのか……と思わずにはいられなかったです。特に全員生存エンドで人魚の真実を知ると、凛がその肉を食らってしまった事実により暗い気持ちになりました。
このエンドを見ると、土田老人はろくでもない人だなーと思わずにはいられません。第三者を巻き込んで解決を期待したのは分かりますが、無関係の若者を自覚的に死に追いやった挙句、最後の生存者までアッサリと始末しようとするのは悪質でしかないと思います。結局誰も救われず犠牲者が増えただけという。
自分の異常性を理性で把握し開き直っているから性質が悪いというか、理解や同情の及ぶバックボーンがあるというだけで、「良い人」とはとても言えないような人間なんだろうなーと個人的には思います。
とわに、そこに
第一の分岐で由香・雄太が死亡し、第二の分岐で清太郎が生存すると、「とわに、そこに」エンドになります。最終的に凛と清太郎だけが残される結末です。
凛と清太郎は地下道に侵入し、ついに「人魚」を発見します。人魚を憎み破壊しようとして清太郎に止められた凛は、由香と雄太を返してくれと泣き崩れます。地下室から戻った2人は屋敷周辺からの脱出を試みるも、ことごとく失敗。あがく清太郎に対し、すでに気力も尽きた凛は、無駄だと告げます。
沼のほとりに腰を下ろし、もし死ぬのなら水の中で、絵に描かれたオフィリアのように水の中で綺麗に死にたいと呟く凛。隣に座った清太郎は、凛の手に自分の手を重ねてその言葉に同意します。再び沼のほとりが映されたとき、そこに2人の姿はすでにありませんでした。
生き残ったものの呪いを打破することはできず、追いつめられた2人が人魚沼に沈む……という悲劇的な結末でした。物悲しくてけっこう好きです。憔悴し希望を失った凛と、そんな凛を叱咤するでもなく手を重ねて同意する清太郎。これまで見てきたものとはかけ離れたやりとりに、「2人はもうどこに行けない」という悲痛な現実が反映されているようで、悲しくも切なくもなりました。あえて入水シーンを見せない(無人の岸辺だけ見せる)ラストにもグッときました。
この「とわに、そこに」では凛は人魚を憎悪したまま終わるので、二重の意味で人魚を哀れに思いました。「(水)底」に沈んだ2人の遺体も、「其処」にずっといる人魚たちも、永久に人魚沼から解放されることはない……そんな結末なのかもしれません。
秘密
第一の分岐で由香・雄太が生存し、第二の分岐で清太郎が死亡すると「秘密」というエンドになります。
ひとり地下道に入るも、施錠されている地下室に入ることはかなわなかった凛。清太郎を救えなかったショックを引きずる彼女は、彼の幻覚を見て沼へと誘われます。
制止も聞かずに沼に飛び込んだ凛を雄太は助けようとしますが、なんと背後から撃たれてしまいます。振り向いた彼は自分を撃った相手を見て驚愕し、そのまま沼に落下。「永遠の秘密は永遠に秘密のまま」……と誰かが呟き、後には膨れた由香だけが遺されます。
このエンドに向かう分岐では、清太郎死亡後に雄太の登場シーンが追加されます。混乱しつつも必死に凛を励ます、雄太の優しさが見られる良い場面だと思います。また、清太郎の最期の言葉が叶わず、凛が彼の後を追ってしまう流れはすごくやるせなくて好きです。
雄太が撃たれた時は、驚くより前にあーやっぱりと思いました。旧館にこれ見よがしに猟銃があったので、嫌な予感はしていたんですよね。
八尾比丘尼エンドと同じく、「身勝手に無関係な人間を巻き込み、見込みなしと判断すると殺しにかかる土田老人は酷い」という感想を抱きました。最後にそれらしいことを呟いていますが、凛を助けようとした雄太まで撃つ酷薄さが先に立ちます。土田家の秘密を体現する由香をつれて車で逃げ出そうとしていたから、発覚を恐れて口封じしたのでしょうか。何にせよ、あの状態でひとり残された由香が気の毒でなりません。
水の中の夢
第一の分岐で由香・雄太が生存し、第二の分岐で清太郎も生存すると、「水の中の夢」というエンドになります。4人全員の生還にとどまらず、人魚沼伝説の謎が解けるという意味でも、トゥルーエンドと言うにふさわしい結末だと思います。
このエンドとよく似たシチュは「とわに、そこに」でもありますが、そこでは清太郎による人魚の正体説明が入らないんですよね。だから、このエンドで清太郎のわかりやすい推理を聞いてスッキリしました。また、上でも書いた通り、清太郎の筋道立った解説をずっと人魚の声を聞き続けていた凛が感情面から補完する流れが印象的でした。
すべての元凶ともいえる土田老人はこのエンドでは大人しいので、一番彼を受け入れやすいエンディングでもありました。一度は狂気に囚われた清太郎が彼を責めないのは理解できますが、それはそれとして、凛が土田老人に怒ってくれてスッとしました。このゲームの生存条件はわりとシビアなので、もっと怒ってもいいんじゃないかとさえ思いました。
ゲーム本編でほとんど交流する機会はなかったのに、最後に由香が目覚めるシーンではすごく感慨深くなりました。途中経過やバッドエンドが悲惨かつ陰惨なので、全員生存エンドを確保した上で後味よくハッピーに締めてくれるのが本当にありがたかったです。
『人魚沼』のアナザーストーリー
ところで、『人魚沼』には制作者様が執筆された長編アナザーストーリーが存在します。夏の人魚沼事件で4人が生還したルートから続く、凛と清太郎が中心のお話です。偶然に見つけてクリア後にワクワクしながら読ませていただきました。以下、最終話までのネタバレを含みます。
ざっくり言うと、凛と清太郎が紆余曲折を経て恋人同士になるまでのお話でした。読み応えバツグンだし凛たち4人の造形に説得力があるしで、最後まで一気読みしてしまうくらいに面白かったです。
『人魚沼』をプレイして仲が悪いようで良い2人の関係性に惹かれたので、制作者様自らが書かれた2人のその後が読めて嬉しかったです。恋愛的な進展だけでなく、凛の意外な押しの弱さだったり、清太郎の理屈っぽさとプライドの高さだったり、ゲーム中で垣間見えた2人のキャラクターがガッツリ掘り下げられていて興味深くもありました。
特になるほどと思ったのは、金髪ヤンキー系女子になるまでの凛の過去です。不思議と意外だとは感じず、だからあの年齢にしてはわざとらしいくらいに粗暴な言動だったのかと腑に落ちるものがありました。
じっくりと小説で読ませてもらうと、清太郎は相当面倒臭いところがあるし、凛は凛でけっこうハチャメチャだなーと感じます。正反対すぎて良くも悪くもピッタリとはまっている感もあり、恋愛のれの字もなく悪友的関係が続いてもおかしくないような2人というか。
しかし、アナザーストーリーではそんな2人が恋愛関係に落ち着くまでの過程が丁寧に、かつきっちりと展開を重ねて描かれていました。最後まで読み終えて、2人の終着点に心からよかったーと思いニヤニヤしました。
また、ゲーム本編では呪われたり狂気に囚われたりで後景に退いていた由香や雄太も、アナザーストーリーにおいては確かな存在感をもって凛と清太郎を見守ってくれました。
特に『人魚沼』ではあまり能動的な出番がなかった由香のパーソナリティー(真面目で細やか、男受けのする可愛い容姿、しっかり者で恋愛には若干引き気味)、および凛との関係性がわかったのは大きな収穫でした。雄太が空気を読む系のへらへら明るい男子だったのも、ゲーム本編での描写が思い出されてなるほどなーと思いました。
本筋の凛&清太郎だけではなく、凛と由香、清太郎と雄太の友情がそれぞれ丁寧に描写されていたのがすごくよかったです。性格的にはバラバラな4人が仲良く付き合える理由に深く納得が行くというか、4人のキャラクターがグッと地に足の着いたものに感じられました。自立し気遣い合う4人の関係は「心地よい」ものだと作中で形容されていましたが、読者としてもその形容通りの感想を抱きました。
キャラクターの思考・魅力が深いところまでじっくりと描かれている面白い小説でした。『人魚沼』がもっと好きになりました。
*****今回はパートボイス版で『人魚沼』をプレイしましたが、設定・考察集を拝読するとフルボイス版でもプレイしたくなりますね。昨今の商業ADVは基本的にフルボイスな感じですが、フリゲ作品でそれを実現してしまうのは凄いなあと思います。
クローズド・サークル、土着系ホラー、血に絡む因縁、夏休みの学生を襲う悲惨な事件……など、『人魚沼』には個人的に好きな要素がたっぷりと詰まっていました。とても面白かったし、プレイできてよかったです。
※「クローズド・サークル」「夏休み中の学生」「旅先で事件に巻き込まれる」といった要素を含むゲームについて、いくつか感想記事を書いています。
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・『ある夏の日、山荘にて……』 感想 攻略(大学生8人が連続殺人事件に巻き込まれる硬派なミステリADV)
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