『Marie's Room』 日記を読み解き2人の少女を襲った悲劇を見届ける探索ゲーム 感想&レビュー ※ネタバレ注意
「マリーの部屋」に残された日記を介して思い出をたどり、24年前に発生した事件の真相を探る短編探索ゲーム、『Marie's Room』の感想&レビュー記事です。共通点の多い『Her Story』との比較も含まれます。制作者はlike Charlie様。ゲームの公式ページ(Steam)はこちらです。 → Steam : Marie's Room
Marie's Room
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『Marie's Room』は、「マリーの部屋」を探索して日記帳(Marie's journal)を埋め、24年前に発生した悲劇の真相をたどる探索ゲームです。Steamにて無料でプレイできます。対応言語は英語のみ。初見では約2時間でクリアしました(トロフィー狙いの周回では30分でクリア)。
『Marie's Room』(マリーの部屋)は、かつて友情関係にあった2人の女性をめぐる物語だと言えます。プレイヤーは視点人物である「ケルシー」とともに24年前の「マリーの部屋」に舞い戻り、置き去りにされた日記帳を紐解きながら、マリーとケルシーが決別するまでの過程を見届けることになります。
※追記:「マリーの日記」の内容を時系列に沿ってまとめた感想・考察記事を書きました。2042年現在のマリーとケルシーの動向についても考えています。
『Marie's Room』 2017~2018年の時系列と2042年のマリー&ケルシーについて 考察&感想 ※ネタバレ注意
海外発の短編探索ゲーム、『Marie's Room』の2017年~2018年の時系列と事件後のマリー&ケルシー(~2042年)について考察した記事です。制作者はlike Charlie様。ゲームの公式ページ(Steam)はこちらです。 前回の記事では、似たデザインのゲーム(『Her Story』)も引き合いに出しつつ、『Marie's Room』(マリーの部屋)の感想&レビューを書きました。
『Marie's Room』を一通りプレイして感じたのは、『Her Story』と似た雰囲気のゲームだなーということでした。特定のアイテムor単語に対するキャラクターのコメントを通じて過去に起こったことを推測・構築する、物語の根幹に2人の女性の複雑な関係性がある、1人の男性とある事件によって2人の女性は引き裂かれる、キーパーソン(マリーorイヴ)の現状が謎めいている……といったあたりがよく似ています。
『Marie's Room』と『Her Story』は、どちらも「過去に何が起こったのか?」「この女性は何者だったのか?」という具合に、過ぎ去った物事・人物の真実を追い求める物語なんですよね。もちろん土台となる2人の女性の関係は大きく異なるものの、『Her Story』が好きな方には一度プレイしてみてほしいゲームだと思いました。
※『Her Story』については、時系列考察を含んだ感想記事を過去に書いています。
『Her Story』(彼女の物語) 感想 時系列考察 ※ネタバレ注意
映像の断片から真実を探る新感覚サスペンスADV、『Her Story』の感想&考察記事です。時系列のネタバレなどを含みます。制作者はSam Barlow氏。 『Her Story』は、警察のデータベースを用いて過去の事件と一人の女性の真実を探るゲームです。ゲームの仕様から、所要プレイ時間はプレイヤー次第。 『Her Story』、「彼女の物語」。ゲームを終えたとき、そのタイトル名のふさわしさをしみじみと...
以下、『Marie's Room』のネタバレをガッツリと含んだ感想&レビューです。また、「『Her Story』と比較して」と銘打った項目では、ネタバレ込みでかなりガッツリと『Her Story』の内容に触れています。どちらの作品についても、ストーリーを未見の方はご注意ください。
『Marie's Room』のあらすじ
『Marie's Room』(マリーの部屋)のあらすじを書きます。
Marie's Room
『Marie's Room』の舞台はアメリカ合衆国カリフォルニア州、オレンジ・グローブ。視点人物であるケルシー・ジャクソンは、24年前によく出入りしていた家を久々に訪れます。静かな家の中を進み、目当ての部屋にたどりつくケルシー。家具もほとんどない殺風景なその空き部屋で、彼女はぽつんと残された1冊の日記帳を発見します。
日記帳を開けたケルシーは、24年前のことを鮮やかに思い出します。2018年、まだ高校生だった頃のこと、ケルシーには1人の友人がいました。彼女の名前はマリー・タレス。ケルシーが探しに来た日記帳のかつての持ち主です。
境遇も性格もまるで違うケルシーとマリーは、衝突と行き違いを繰り返しながらも親友と呼べる間柄になりました。しかし、24年前に2人を襲った一連の事件によって友情は破局を迎え、マリーはひとりオレンジ・グローブを去ったのです。
在りし日に思いを馳せるケルシーによって、殺風景な「マリーの部屋」は2018年当時の姿を取り戻します。
マリーはどんな人物だったのか? ケルシーの抱える秘密とは何か? そして、マリーはなぜケルシーと決別してオレンジ・グローブを去ったのか? プレイヤーはケルシーとともにマリーの部屋を探索し、そこで起こった悲劇の真相を見届けることになります。
『Marie's Room』の概要
この項目では、『Marie's Room』の概要を簡単に説明します。同ゲームは、1人称視点の探索ゲームです。基本的にはキーを操作して前後左右に移動し、マウスを操作してアイテムなどをチェックします。導入部とラストを除けば、探索できるマップは2018年当時のマリーの部屋ただ1つだけです。
『Marie's Room』の主要な登場人物は2人+1人。1人目の重要人物は、「ケルシー(Kelsey)」という名の女性です。2042年現在の彼女は40代前半の女性であり、「マリーの日記」を求めてタレス邸へとやってきました。プレイヤーはこのケルシーを操作し、24年前に発生した事件の謎を読み解くことになります。
2人目の重要人物は、「マリー(Marie)」という名の女性。彼女は『Marie's Room』の鍵となる「マリーの日記」を書いた人物です。2018年当時ケルシーと親しかった彼女の現状は、ゲーム開始当初は謎に包まれています。プレイヤーは直接マリーの姿を目にすることがないものの、彼女の日記を介して高校生の頃のマリーの生き生きとした思考・言動に接することができます。(※マリーとケルシーについては上の画像に基本的な情報をまとめました。)
また、マリーとケルシーのほかに重要人物と呼べるキャラクターがもう1人存在します。それは、2人の同窓生だった「トレバー(Trevor)」という男です。ケルシーはトレバーと付き合っていましたが、2018年4月に別れています。ケルシーとトレバーの秘密や彼のケルシーに対する異常な執着は、『Marie's Room』の核心にも大いに関わってくる要素です。
さて、『Marie's Room』の主な目的は、「マリーの日記」を完成させること。ケルシーが発見した時点では、日記帳は1ページを除いて白紙の状態になっています。マリーの部屋に存在する様々なアイテムを調べると、この白紙状態のページに関連トピック(日記)が追加されていきます(たとえば「新聞記事の切り抜き」を見つけると、2017年12月22日の日記を読めるようになる)。
マリーの日記を完成させて2018年7月時点の状態に戻すこと、これが1つの大きな目的です。したがってプレイヤーは、主人公ケルシーの視点でマリーの部屋を隅々まで探索することを求められます。
ただ、ゲームの進行という意味においては、日記帳を完全な状態にする必要はおそらくありません。探索パートをクリアする(=2018年7月に発生した事件を知る)にあたっては、マリーのベッド脇に置かれている南京錠付の小箱を開けさえすればいいからです。
もっとも、肝心の南京錠を解錠するためのヒントはマリーの日記帳の中にあるため、結局はアイテムを調べて日記を復元させる作業が必要になります。また、トロフィーのコンプを狙う場合は、マリーの部屋はもちろん、2042年時点のタレス邸に存在するアイテムもすべて調べなければなりません。よって、日記帳を完成させる(=こまめに探索する)ことを目指して損はないと思います。
プレイヤーが真相を知ると、その時点でケルシーの長い回想は終了し、マリーの部屋は現在の状態に戻ります。あとは日記帳を回収してその場を去れば、めでたくゲームクリアとなります。
『Marie's Room』の感想
ここから、『Marie's Room』の詳しい感想を書いていきます。探索パートについての感想と、『Her Story』と比較しつつのストーリー&キャラクター感想にざっくりと分けました。後者にはネタバレがガッツリと含まれるので、未見の方はご注意ください。
探索ゲームとして
Marie's Room
『Marie's Room』で探索できるマップはそう多くありません。先ほども述べた通り、序盤とラストを除いて、プレイヤーは2018年当時のマリーの部屋のみを丹念に探索することになります。
ただ、探索範囲が一部屋に限定されているせいもあってか、マリーの部屋の作りこみは非常に素晴らしかったです。
まず、2018年当時のマリーの部屋が再現される(より正確には、ケルシーが2018年当時のマリーの部屋を思い返す)瞬間の演出がグレートでした。殺風景で薄暗い2042年現在の部屋を見ていたぶん、「部屋の主がそこに暮らしている温かでこまごまとした空気感」に感動さえ覚えました。
マリーの部屋の印象を一文でまとめるなら、「陰になっている部分が多いのに不思議と明るく、小物がひしめいて雑然としているのに居心地がよい空間」でしょうか。少し褪せた色合いのせいか懐かしい感じ(あくまで過去の部屋だという空気)も漂っています。
もっとも、何よりも優れているのは、室内のインテリアや小物のすべてにマリー・タレスの人格や嗜好が明確に投影されている点ではないかと思います。プレイ中は必然的にマリーの部屋をくまなく調べることになりますが、細部にまで行き届いた制作者様のこだわりについつい見入ってしまうことも多かったです。
ベッド上部に貼られたミュージシャンのポスターや、マリーが精力的に関わっていたフード・レスキューのアイテム、Wake Me Up When I'm Famous Benchの写真、部屋の奥のSFリケジョスペース、デスク右方の壁にペタペタと貼られた父との写真、引き出しに入った亡き母のロケット、愛猫バンブルビーのキャットタワー……など例を挙げればきりがありません。部屋を探索するだけで、どんな音楽を好むのか、得意教科は何か、憧れの土地はどこか、どのような格言に感銘を受けるのか、尊敬する偉人は誰か、家族をどれだけ愛しているのかなど、マリーという少女のひととなりをクリアに感じ取れるんですよね。
プレイヤーは現在でも過去でもマリー本人に会うことはできません。ただ、想像を膨らませることによって、本来手が届かないはずの2018年当時の彼女に肉薄することはできます。その助けになるものこそ、彼女の願望や趣味が大いに反映された「マリーの部屋」と、次に述べる雄弁な「マリーの日記」であるわけです。
『Marie's Room』の探索パートにおいては、「マリーの日記」を読み解くことも重要です。この「マリーの日記」の作り込みも実に見事でした。多感な年頃の女の子が書いていることにしっかりと納得できるのに、ページ1枚1枚のデザインが凝っていて、パラパラと眺めているだけでもワクワクしました。スケッチやイラストをさらさらとこなし、マスキングテープを細かく使い分けて特別な意味を込めるなど、芸術的な才能にも恵まれているマリーへの好感度がさらに上がりました。
デザインだけではなく、マリーの日記はその記述内容も細やかに作り込まれています。約半年間に渡って書かれた日記には、高校生であるマリーの思想や感情がリアルに、かつ赤裸々に吐露されています。だからエントリーをいくつか読むだけでも、彼女の性格・性向・価値観をある程度正確に推し量ることが可能です。
これはけしてマリーのキャラクター性が単純or薄いからではありません。むしろその逆で、制作者様は最初にマリーのキャラクターをしっかりと練り上げて厚みを持たせた上で、その設定を具体的かつ細やかに日記の内容に反映させています。マリーへの把握に一貫性があるから、どの日付の日記を読んでもマリーの人物像が生き生きと感じられるし、全体を読み通してもその人物像にほぼ齟齬が生じないわけです。
また、「部屋を探索して24年前のマリー&ケルシーへの理解度を高める→パスワードを入手しPCを立ち上げて重要な情報(トレバー絡み)をゲット→完成に近づいた日記を読んで小箱の暗証番号をゲット→決定的な証拠を発見し真相へ」といった具合に、情報の開示ステップも適切だった印象です。私はPCのパスワードで若干詰まりましたが、単語自体は何度か出現するので、丁寧に探索をこなしたプレイヤーならすんなりと分かるんじゃないかなーと思います。
ちょっと残念に感じたのは最後のイベントシーンでしょうか。唐突に始まった点々輪郭人間の修羅場シーンに若干びっくりしました。まあ後で振り返るに、悲惨な絵面がマイルドになるし想像を膨らませることが可能だしで、あの表現が一番良かったのかなーとは思います。
※2018年に書かれた「マリーの日記」の内容を時系列順にまとめた感想・考察記事を書きました。事件から24年後のマリーとケルシーの現在についても考えています。
≪関連記事:『Marie's Room』 2017~2018年の時系列と2042年のマリー&ケルシーについて 考察&感想 ※ネタバレ注意≫
プレイ感覚――『Her Story』と比較して
Marie's Room
『Marie's Room』をプレイしているときに何度も抱いた感想は、「『Her Story』と似た感じのゲームだな」でした。そもそも『Marie's Room』の存在を知ったのも、「『Her Story』が面白かったのならこれもどうですか」とSteamでオススメされたことがきっかけだったような気がします。※『Her Story』については、以前に感想&時系列考察記事を書きました。
≪関連記事:『Her Story』(彼女の物語) 感想 時系列考察 ※ネタバレ注意≫
この項目と次の項目では、プレイ感覚やキャラクターの扱いなどの観点から『Marie's Room』と『Her Story』を比較しようと思います。『Her Story』のネタバレが含まれるのでご注意ください。「遊んだことないけど『Her Story』面白そう~」と思っている方は、ネタバレを踏む前にぜひ実際に遊んでみてください。超面白いです。
まず、『Her Story』は、膨大な量のビデオクリップ(短い動画)を「検索」し「鑑賞」する新感覚サスペンスADVです。警察のデータベースに収められたその動画群は、24年前に発生した殺人事件の重要参考人だったある1人の女性を映したもの。はたして事件の真相とは、そして「彼女」はいったい何者なのか。プレイヤーは細切れになった映像を通じ、謎めいた事件と「彼女」の真実に迫ることになります。
『Marie's Room』と『Her Story』の最大の共通点は、「過去に起こった事件の真相とある女性の実像を、現在を生きる人間の視点から、断片的な情報を繋ぎ合わせることによって想像し構築する」というゲームデザインだと私は思います。奇しくも両作品では、現在にまで影響を及ぼす事件が約24年前に発生しています。
「断片的な情報」とは、『Marie's Room』においてはマリーの部屋の私物(に対するケルシーのコメント)と日記のエントリーであり、『Her Story』においては単語の検索によってヒットするビデオクリップです。『Marie's Room』のプレイヤーは2042年を生きるケルシーの視点から2018年当時のマリー・タレスを追憶し、『Her Story』のプレイヤーは2018年を生きる何者かの視点から、1994年に発生した事件の重要参考人だった「彼女」の真実を探ることになります。
重要なポイントは、「プレイヤーはけして過去に干渉できず、事実を鑑賞するのみに留まる」こと(ダジャレじゃないです)。『Marie's Room』にしても『Her Story』にしても、24年前に人死にの絡むような悲劇が発生しています。しかし現在を生きる視点人物は、ただその事件を振り返ることしかできません。過去は確定してしまって変えようがないからです。
『Marie's Room』の視点人物であるケルシー自身も、"But there was nothing I could do about the past. It was definite as hell."と述べています。回想形式などに特有のこのやるせない感覚、個人的には大好きです。
また、プレイヤーの想像力をかき立てるためか、スタート時点で提示する情報量を慎重に絞っている点も似ているポイントです。ここはどこか、なぜこれを行うのか、視点人物は何者か……など謎が多く、なんとなく誘導に従ってプレイし続ける中でその謎が解けていきます。
最後に、重要な共通点として挙げられるのは、物語のキーパーソンが「現在は会うことのできない1人の女性」であり、ストーリーの根幹に2人の女性の複雑な関係性が存在することです。
『Marie's Room』で鍵となるのはマリーの日記を書き残したマリー・タレスであり、「彼女が24年前に親友ケルシーと決別した理由」が物語の最大の謎です。一方の『Her Story』においても鍵を握るのは「彼女」であり、「彼女」がどのように生まれ生きてきたのか(24年前の事件と「彼女」はどうかかわっているのか)を知ることが最大のプレイ目的だと言えます。
もっとも、『Marie's Room』と『Her Story』はその細部まで似通っているわけではありません。たとえば、「プレイヤー自らに物語を構築させる」ことによりこだわっているのは間違いなく『Her Story』の方です。というのも、同作品には明確な「終わり」が設けられていません。プレイヤーは、任意のタイミングで(つまり自分で真相を知り納得したところで)ゲームを終えることができます。
また、『Her Story』では事件の全容が(たとえばムービーで)直接的に提示されません。プレイヤーに許されているのは、「彼女」の証言を介して「こういう流れでこういうことが起こったらしい」と推察することのみです。
他方、『Marie's Room』には明確な「終わり」が存在します。マリーの日記を埋めてある重要なアイテムを発見すれば、ケルシーの追想は終了し2018年時点のマリーの部屋は消え失せます。その際には24年前に発生した事件のイベントシーンも流れ出し、プレイヤーは(ケルシー視点ではあるものの)事件の全容を直接に見聞きすることができます。
あくまで過去の物語の究明に重点を置く『Her Story』に対し、『Marie's Room』は「現在軸で今後起こること」を明確に匂わせている点も違いの1つだと言えます。
『Her Story』では事件から24年経った「彼女」の現状は示されません。しかし『Marie's Room』では、対面することこそ最後まで叶わないものの、マリー・タレスが24年後の現在も健在であることがはっきりと示されます(かつ、一度破局を迎えたケルシーとマリーの関係の改善も示唆されています)。
その他、プレイヤーのスタンスも2作品の大きな違いです。『Marie's Room』の視点人物であるケルシーは24年前の事件の当事者です。プレイヤーはケルシーと一緒に過去の思い出にダイブし、彼女の語りを聞きながらマリーの部屋を歩き回って事件を目撃し、彼女と一緒に現在へと戻ってきます。
一方『Her Story』では、プレイヤーは(視点人物とともに)明確に24年前の事件と断絶されています。「PCのディスプレイ越しに過去の記録を閲覧する」というプレイ形式ゆえに、プレイヤーは24年後の現在から1㎜足りとも離れられず、過去に寄り添うことも許されないわけです。
あくまで私見ですが、『Her Story』は「設計図」が提示されないゲームだと思います。つまり、スタート直後のプレイヤーには、限りなくゼロに近いレベルの情報(「ここに単語入れて検索してね」)しか与えられません。ゆえにプレイヤーは、「検索するって何のために?」「この女の人は誰?」「何の話をしてるの?」「というか私は誰?」……と尽きせぬ疑問を抱きつつ、ひたすら検索を繰り返すことになります。
言ってみれば、自分で適当な場所を掘り返してパーツ(情報)を集め、まっさらな土地(in脳内)に完成形すらわからない建物(ストーリー)を組み立てることを要求されるようなものです。
加えて、『Her Story』は(実質的な意味で)情報に価値の高低がないゲームです。すなわち、すべての情報(動画)はその重要性にかかわらず、「彼女の物語」を組み立てる等価値のパーツとしてデータベースに眠っています。かつそれらの情報は、プレイヤーの検索次第で不作為に開示されます。
したがって、「ゲームの序盤~中盤で重要度の低い情報を小出しにして盛り上げていって、クライマックスでドーンと重要情報を開示する」といった情報の価値に基づく流れ・構成のようなものは、当然ながら『Her Story』には存在しません。つまり、「適当な単語で検索すればいいのかな?」と試してみたその1回目で、ストーリーの核心でしかないヤバイ動画がヒットする可能性も大いにあるわけです。
もちろんプレイヤーもバカではないので、なんとなくでも「なんかこの動画の内容ヤバくない?」と感じることでしょう。ただ先ほども述べた通り、プレイヤーは「彼女の物語」の設計図を持ち得ないため、個々の情報の価値を曖昧にしか認識できません。そもそも構築しようとしている建物の名前が「彼女の物語」であることさえ、ある程度情報を集めないと見えてこない部分です。
ゆえにプレイヤーは、ぎょっとするような情報もへえ~っと思った情報もひとまずは単なるパーツとして扱い、「彼女の物語」を造り上げることを最優先にプレイします。言ってしまえば、プレイ途中は情報の1つ1つに大きな注目を寄せる暇がないわけです。プレイヤーが個々の情報を精査できるようになる(例:「序盤でヒットしたあの動画ってマジで核心だったな……」)のは、20数年にもおよぶ「彼女の物語」をなんとか完成させ、その全容を理解した後のことではないかと思います。
一方の『Marie's Room』は、ゲーム序盤でプレイヤーに「設計図」を渡してストーリーの大枠を想像させてくれるゲームです。あらかじめ個々の情報に価値を付けてくれているし、開示順もある程度定めてくれています。たとえば、最も重要な情報は一番盛り上がるクライマックスに合わせて開示されます。つまり、建物の完成形は最初からおぼろげに予想できるし、建物の一番目立つ場所を造るのは最後のお楽しみに取っておいてくれるわけですね。
もうちょっと具体的に書くと、『Marie's Room』における「設計図」は、マリーの日記に貼りつけられている「最後の手紙」です。回想(本編)に入る直前に初めて提示されるこの手紙を読むだけで、いくつかの重要な情報が手に入ります。マリーとケルシーが友情関係にあったこと、ケルシーがマリーを裏切ったらしいこと、マリーがそのためにケルシーと決別したこと……等。
もちろん、序盤のプレイヤーは視点人物がケルシーであることにさえ確証を持てません。ただ、上記の「設計図」を得れば、『Marie's Room』の完成図(ストーリー)をおおよそ想像することが可能です。
すなわち、「マリーとケルシーの友情関係は、ケルシーの行為によって破局を迎え、マリーは日記を残してケルシーの前から去った」という筋書きを予想できるようになります。そうなると、「マリーとケルシーが決別するきっかけになった出来事が一番重要そうだな」、「たぶん探索を進めていくと最後の最後に判明するんだろうな」といった予測も立つようになります。
実際のところ、『Marie's Room』はプレイヤーのそうした予測・期待を裏切りません。最重要情報である「マリーとケルシーが破局に至った理由」が明かされるタイミングは、探索完遂後のイベントシーン(クライマックス)だからです。
かつ、そのイベントシーンに進む手前には、探索を十分に行うことで解除できるロックが仕掛けられています。つまり、「これ超重要な情報だしいきなり見せるのはもったいないから簡単には開示しないぞ、知りたいのなら他の情報をちゃんと集めてストーリーへの理解度を深めてこいよ」とプレイヤーを誘導してくれているわけです(脅迫メール、愛猫、購入元サイトといった重要な情報が入っているPCにパスワードが設定されているのも同じ理由からだと思います)。
ここまで書けば明白だと思いますが、『Marie's Room』に関する説明(制作側の方で情報に価値付けをしているし、情報がまったくの不作為に開示されることはない。特に重要な情報については開示順が定まっている。また、序盤にプレイヤーに指針が与えられる)は、何も『Marie's Room』に限った特徴ではありません。ストーリー要素を持つ一般的なゲームはだいたいそういう特徴を持っています。
というより、ほぼすべての情報の価値がフラットであり、開示順はほぼ完全にプレイヤーの操作次第で決まり、ついでにプレイヤーにあえて明確な指針を与えない『Her Story』が群を抜いて変わり種なだけだと思います(「新感覚」という形容は言い得て妙です)。
以上、ゲームのデザインや情報の扱い方などに注目しつつ『Marie's Room』と『Her Story』を比較してみました。個人的に、『Marie's Room』のストーリーにはより強く時の流れを感じます。現在で過去をしのぶ→過去回想→現在に意識が戻る……という、それこそ小説やドラマでもよく見る形式が用いられているせいでしょうか。マリーとケルシーの関係の変化を匂わせるラストを見ても、過去から現在を通じて未来へと続く時間の連続性を感じ取れるんですよね。
一方の『Her Story』は、どちらかと言えば現在と過去が断絶されている物語です。『Her Story』の視点人物は『Marie's Room』のケルシーとは異なり、過去の事件の当事者ではありません(より正確に言えば当時はまだ生まれていません)。ゆえに視点人物が過去に向けるまなざしには、回想(かつて通った過去を思い返す)要素が含まれません。
「彼女」はおそらく視点人物を過去のしがらみから切り離すことを望んでいたので、視点人物に与えられた過去との断絶は、むしろ祝福*なのだろうと思います。
先ほど「『Her Story』は更地に設計図も無しに建物を建てるゲームだ」と書きました。ただ、もっと正確に言うなら、もともとそこにあった(でも見えなくなった)未知の建物を洗い出すゲームと言った方がいいのかもしれません。ちょっとポエム入りますが、時の砂を深く深く掘り下げて埋もれた「彼女の物語」を見つけ出し、すり減って不明瞭になった部分は想像力で補完するゲーム……みたいな。未来に向かうというよりは、ただ過去に存在したものを知りたくて知りたくて探し出す、ある種の発掘感のある作品だと思います。
*もっとも、その過去との断絶こそが視点人物を突き動かす動機だとも言えます。何も知らない、わからない、だからこそ知りたい……みたいな欲求ですね。
初見プレイ時の感想ですが、貪欲かつ真剣に「彼女」の真実を追い求めた果てに視点人物の存在に気づき、「視点人物もただ「知りたい」一心でデータベースを検索していたんだ……」とわかったときは、なんとも言い表しがたい感動を覚えました。あえて言葉にするなら、「こんなところにいたんだね」でしょうか。
「彼女」との断絶を埋めるためにデータベースに向かった視点人物に対し、プレイヤーは最後の最後で「彼女」が唯一未来に繋げたものを発見する……なんとも不思議な構造のストーリーだと思います。
キャラクター感想――『Her Story』と比較して
Marie's Room
続いて、やはり『Her Story』と比較しつつ、『Marie's Room』のキャラクター(の役割や見せ方)について感想を書きます。『Marie's Room』はもちろん、先ほどの項目以上に『Her Story』のネタバレが含まれます。また、ケルシーに対してけっこう辛辣なことを書いているので、あわせてご注意ください。
先ほども述べた通り、2人の女性の愛憎入り交じる関係性が物語の根幹に存在する点において2つの作品はよく似ています。
『Marie's Room』においては、裕福な父子家庭で愛されて育ったマリーと、貧しい母子家庭でネグレクトを受けて育ったケルシー。『Her Story』においては、数奇な運命のいたずらによって完全に別個の人間として生きることができなかったハナとイヴ。どちらの2人も最終的に分かたれ、その決別に1人の男性の存在が密接に関わっている点でも同じです。
もっとも、メイン2人への役割の割り振りやキャラの見せ方が巧みである、もっと言えばキャラクターに向かうヘイトのコントロールがうまいのは圧倒的に『Her Story』の方だと感じました。
具体的には、『Her Story』のハナとイヴに対しては「どっちもどっちなところがある(≒どちらにも共感できる)」と感じた一方、『Marie's Room』に関しては「これ9割ケルシーが元凶じゃない?」「その割にマリーばかり悲惨な目に遭ってない?」「マリーとマリーの父親気の毒すぎない?」と何度となく感じました。
『Marie's Room』の話に入る前に比較対象の『Her Story』について書くと、同ゲームは、双子であるハナとイヴに対して「気の毒な境遇・運命」をイーヴンに割り振っていた印象があります。
たとえば、生い立ちにおいて不幸なのは圧倒的にイヴの方です。生まれたその日に本当の家族のもとから連れ去られ、軟禁状態で育てられた。こっそりと実家に戻った後も、一個人としてではなく、屋根裏に隠れ住みつつ片割れのハナと1人の人生を共有することになった。誰よりも執着していたハナに「ハナにとって自分は一番大切な存在ではない」事実を突きつけられ、望まぬ別離を強いられた。自分ではどうしようもない数奇な運命に翻弄された女性、それがイヴです。
一方、異性関係においてより不幸なのはハナの方だと思います。一目ぼれした王子様とデキ婚したはいいものの、お腹の子を流産で亡くしてしまい、以降も子宝には恵まれなかった。その愛する夫は素性を隠したイヴと出会って秘密裏に浮気を始め、なんとイヴを妊娠させてしまう。挙句の果てに、「イヴと結婚したいんだ」とよりによって誕生日に別れを切り出される。常に「イヴとは異なる自分」を追い求めていたハナは、最愛の夫の裏切りに直面して24年前の事件を引き起こしてしまいます。
生まれた直後に実の家族と引き離され、ハナを唯一の人と頼んで愛するも突き放されるイヴの境遇はシンプルに気の毒なものです。また、『Her Story』は双子トリックの鍵となるイヴの方により多くのスポットライトを当てているため、プレイヤーの同情や共感を集めやすいのもイヴの方だと思います(人間的にもあけすけでチャーミングでちょっと寂しげなイヴの方が親しみやすい印象)。
ただ、イヴは単に気の毒なだけの女性ではなく、「怖い」部分を持ち合わせてもいます。懐妊・結婚し離れていくハナに絶望して自分も妊娠しようと行きずりの男と関係を持ったり、未遂ですが結婚したハナと入れ替わって彼女の夫を共有しようとしたり。イヴの周囲にいた人間数人が「事故」によって命を落としていることも気になるポイントです。客観的に見てイヴのハナに対する執着は常軌を逸しているし、幼い頃からの異常な体験のためとはいえ、社会的規範からの逸脱傾向を示していることもまた事実です。
一方のハナは、イヴを出し抜き切り捨ててでものちの夫となる男性の方を選びました。何を置いてもハナを一番に思ってきたイヴとは違い、ハナにとってのイヴは何よりも大切かつ必要な存在ではなかったわけです。双子間のルールを独断で破り、イヴのほかに大切なものを作って寄る辺ないイヴを見捨てた……と見れば、ハナの行為は酷薄なものに映るかもしれません。
ただ、「すべてを共有する」という双子間のルールは、社会的なルールに照らせば真っ当とは言い難いものです。少なくとも既婚者になったハナがイヴと人生を共有することを拒んだことは、そう強く非難されるようなことではないと思います。イヴのキャラクターは好きですが、仲良しきょうだいでも大人になったらそれぞれの人生を歩むもんだよなーと感じたので、ハナの姿勢の方に共感したことを覚えています。
また、ハナは24年前の事件を引き起こした人物です。つまり、意図していなかったとはいえ夫の命を奪ってしまったキャラクターです。イヴも証拠隠滅や偽証といった犯罪行為をしてはいるものの、実際に手を汚したのはハナであり、イヴではありません。逃亡に成功したのか、失敗して警察に逮捕されたのか。ハナの行方はようとして知れませんが、事件後まともに生きていくことは難しかったのではないかと思います。
つらつらと書いてきましたが、要するに『Her Story』は1人のキャラクターだけに気の毒な境遇や運命を背負わせていないんですよね。生い立ち~青年期において異常な環境に身を置き何度となく失意を味わったイヴと、結婚生活において裏切られ続け最後には愛する夫をその手で殺害する羽目になったハナ。どちらか一方だけが気の毒なわけではなく、どちらも同情すべき側面と「怖い」部分を持っているし、お話の中である種の報いを受けています。
ゆえに、「イヴばかりが可哀想な目に遭っている」だとか「ハナばかり良い思いをしている」といった感想は(私個人は)特に抱きませんでした。むしろメインキャラがたった2人だからこそ、「どちらにどんな役割を担わせるか」・「2人はプレイヤーの愛着や共感を得ることができるか」・「信賞必罰は実現されているか」といった部分が慎重に考慮されているように感じました。
ここまで「『Her Story』はキャラクターに向かうヘイトのコントロールが巧い」という話をしてきました。それでは、『Marie's Room』はどうでしょうか。
率直に書くと、『Marie's Room』はメイン2人のうち一方に対してフラストレーションのたまるストーリー内容でした。具体的には、「マリーばかりが悲惨な目に遭っている」・「愛着も共感もマリーに集中しがち」・「ケルシーが自身の行いに対する報いを受けていないように見える」といった感想を抱きました。※以下、核心的なネタバレが含まれます。
まず、「マリーばかりが悲惨な目に遭っている」について。『Marie's Room』のオチは、「ケルシーがずっと隠してきた秘密が最悪のタイミングでバレてしまい、パニックの末にマリーが他者の命を奪う」という内容です。
じゃあそのケルシーの秘密とは何かと言えば、「半年前に彼氏と一緒にマリーの家に強盗に入り、彼氏がマリーのパパを刺すところを目撃し、自分はマリーの頭を野球バットで殴って大けがを負わせた」というもの。
このオチが確定したとき、私はシンプルに「マリー踏んだり蹴ったりやな」と思いました。前提としてマリーはケルシーのことが大好きなキャラです。もともとクール美人のケルシーに憧れていて、彼女と対等な友達になりたいと切望し、ケルシーの複雑な家庭環境を理解しつつも彼女の可能性を信じて励ますくらいには、友人としてケルシーにゾッコン(死語)惚れこんでいます。
その友情心ゆえに、マリーはケルシー由来のトラブルによって精神的・物理的な被害を受けることになりました。言うまでもなく、ケルシーの元カレ・トレバーによる執拗かつ陰湿な脅迫&ストーカー行為です。数か月に渡ってマリーに嫌がらせを続けたトレバーは、最終的にマリーの愛猫をさらってその命を奪うことまでやっています。それでもマリーは「ケルシーを守るためだ」と自分に言い聞かせてトレバーと孤独に対峙し、護身用の拳銃を購入する段階にまで追い詰められていきます。
自分で望んだこととはいえ、マリーは友人として常にケルシーに誠実に接し、献身し、彼女を守るために多くのものを犠牲にしました。そんなマリーに対して、「愛するパパを刺して緊急治療室にブチ込んだのはケルシーの元カレ、私の頭をバットで殴って数針縫う怪我を負わせたのはケルシー本人、ケルシーは強盗に入ったことを半年以上黙って私と友達付き合いをしていた」……という残酷すぎる事実が突きつけられるわけです。
このオチの何がひどいかと言えば、やはり、親友に裏切られたマリーが意図せずにトレバーの命を奪ってしまうことだと思います。半年ちょっとの間に強盗被害に遭って身体的・精神的なダメージを負い、父親を喪いかけ、愛するペットを殺され、再び襲撃され、挙句の果てには自らの手を血で汚してしまう。悲惨としか言いようのない転落ぶりです。
プレイヤーとしては、「マリーってここまでひどい目に遭うほど悪いことしたっけ? むしろ悪いことなんて全然してなくない?」と思わざるを得ませんでした。
あと、24年後のマリーの変化も地味に悲しいポイントでした。まず、喫煙者になっているんですよね。かつてはタバコを買おうとするケルシーを咎めていたのに。長時間戻らないケルシーに苛立って車内で一服しようとする描写を見るに、すでに喫煙が習慣化している感もあります。あと、事件現場になった生家に立ち入ろうとしないことも気になる点です(これはあくまでケルシーを単独で行かせたいという理由ゆえかもしれませんが)。
ともかく、少ない描写を拾うだけでも、40代のマリーは苦労を重ねて24年前よりも神経質で擦れた女性になっているように見受けられます。高校時代の熱血健やかドリーマーなマリーに親しんでいたプレイヤーとしては、順当な未来予想図から大きく外れたこの変化がけっこうキツかったです。ケルシーが不良少女をやめて堅実かつのほほんとした女性になり、娘を授かって変わらずオレンジ・グローブに住み続けているぶん、1回ポッキリと折られて故郷を離れざるを得なかったマリーの24年間がしのばれてなりませんでした。
そもそも、マリーを襲った悲劇の原因を突き詰めていくと、「ナチュラルボーントラブルメイカーで依存的なケルシーと関わったのが運の尽き」という嫌すぎる結論にたどり着くんですよね。正直なところ、『Marie's Room』をどういうお話として眺めればいいのか悩みました。「相手の本性を見抜けずに入れ込むと人生転落レベルで痛い目に遭うよ」とか「他人のゴタゴタに首を突っ込むとろくな目に遭わないよ」がテーマなのかな……健やか精神の女の子をバキボキに折るのが好きな制作者様なのかな……とさえ一瞬思いました。上記の真相を知ったことで、もともとさほど高くなかったケルシーへの好感度が一気に下落したからです。
続いて、「愛着も共感もマリーに集中しがち」と「ケルシーが自身の行いに対する報いを受けていないように見える」について書きます。
まず、このゲームの鍵を握るのは「マリーの日記」です。書き手は当然マリーであり、日記にはマリーの思想信条や価値観、悩みが率直かつ生き生きと書かれています。一方、各アイテムに対する「ケルシーのコメント」も重要なファクターです。40代になったケルシーは、24年前の思い出を克明に思い返しながらやはり赤裸々に語ってくれます。
マリーの日記とケルシーのコメント、文章の量としては同程度だと思います。ただ、全体として前向きで「ケルシー大好き!」感に溢れていて、かつストーリー仕立てになっているマリーの日記の方に感情移入してしまいがちでした。
これは、ケルシーのコメントにマリーとの温度差が如実に表れていたせいでもあると思います。ケルシーはマリーに友情を感じていたものの、けしてマリーの誠実な友人ではなかったし、持てる者としてのマリーに複雑な感情を抱いてもいました。そのためか、ケルシーのコメントにはマリーを揶揄したり難じたりするものがチラホラある一方、マリーへの友情を素直に表現しているものはそう多くなかった印象です。
プレイヤーとしては純粋にケルシーを愛するマリーに愛着が湧いたし、ケルシーの若干身勝手な内心を知っているぶん、時に傷つきつつも真摯に友情を捧げているマリーを気の毒にも思いました。
また、だいたいのトラブルの元凶であるケルシーが自身の行いに見合う報いを受けていないように見えることも釈然としないポイントでした。最初にことわっておくと、「悪いことをしたんだから酷い目に遭うべき」みたいなことを言いたいわけではありません。ただ、ケルシーは我が身可愛さゆえに以下に挙げるような「やらかし」を積み重ねています。
- おそらく1回きりとはいえ強盗(重犯罪)の片棒を担いだ
- 自らマリーを殴って大怪我を負わせた
- 強盗に入ったことをマリーやマリー父に黙ったまま、マリーの家に入り浸って友人付き合いを続けた
- マリー達を襲った後も強盗犯のトレバーとずるずる付き合い続けた
- トレバーの犯罪行為や危険性を唯一正確に知っていたのにマリーや周囲に伝えなかった
- マリーがトレバーに脅迫や嫌がらせを受けていることに気づいていながら何も言わなかった
- トレバーが再び強盗事件を起こし容疑者として浮上した段階でも保身に走って彼をかばった
やはり、最初に犯した強盗致傷事件とその後のだんまり&自己保身のスパイラルが相当悪印象です。マリーを襲うトラブル、だいたいの元凶はケルシー。しかし、ケルシーは結局最後まで自らのやらかしに相当するような報いを受けなかったように思います。別段悪いことをしていないマリーが精神的にも社会的にも痛めつけられ転落したことを思うと、「それってバランスとれてなくない?」と感じざるを得ませんでした。
汚いたとえで申し訳ないですが、ケルシーが自分のケツをきっちりと拭かずに逃げ続けたせいで、マリーはケルシーの元カレもろとも破滅したわけですよね。最終結果だけ見れば、(元カレにしこたま殴られたとはいえ)ケルシーはマリーに強盗事件の共犯者である元カレをうまいこと処理してもらい、自分の手をきれいに保ったまま24年前の事件をやり過ごしたことになります。
後で罪を悔いて自首する描写も特になく、24年後には母親になっている情報しか開示されないため、「もしかしてマリーが元カレを処したのを良いことに禊を受けずになあなあで済ませたんじゃ?」という想像さえ頭を過ぎりました。
先ほども述べた通り、『Marie's Room』はケルシー由来のトラブルに関わったマリーが悲惨な目に遭う物語です。ただ、そういう構図でマリーを痛い目に遭わせるのであれば、トラブルの元凶であるケルシーにも本編できっちりと報いを受けさせるべきだったと個人的には思います。マリーの方に感情移入しやすいストーリー内容だからこそ、ケルシーにも応報的な痛みを与えなければ、プレイヤーのフラストレーションをいたずらに高めてしまうだけだからです。
もちろん、「真面目で要領の悪い人間は空回ってバカをみる、やらかした人間がうまく逃げ切ることもある、それが現実だろう」と言われればそれまでです。ただ、プレイヤーにキャラクターに対する共感・愛着をしっかりと抱いてほしいのであれば、キャラクターの行いに対して信賞必罰のルールを多少厳格にでも適用すべきではないかと思いました。
もっとも、たぶん制作者様の意図は「2人のメインキャラに共感してほしい」といった次元にはないんだろうなとも感じました。たぶん第一の狙いは、「親友同士だったマリーとケルシーがなぜ決別したのかって? それは、マリーを襲った強盗が実はケルシー&元カレで、パニくったマリーがケルシーの元カレを撃っちゃったからだよ!」という落差によってプレイヤーに驚きをもたらすことにあると思うんですよね。そのために、マリーとケルシーに対する応報の帳尻合わせは二の次になったのかな、と。実際、クライマックスのイベントパートには、ミステリー小説さながらの答え合わせのドキドキ感が詰まっていた印象です。
ここまで厳しいことばかり書きましたが、マリーとケルシーのキャラクター自体はよく練られているし、対照的な人格も2人の間に芽生えた友情も見応えのあるものでした。2人のそれぞれに魅力を感じなければ、ここまで長々と感想を書くこともなかったと思います。
言ってしまえば、「ケルシーは実は強盗でした」という「ストーリー構成には必須だがキャラクターの掘り下げにおいては爆弾でしかないどんでん返し」を仕込んでいるから、2人の友情関係に過度な搾取と欺瞞を感じてモヤモヤし、2人が受ける報いのアンバランスさに納得が行かなくなるだけなんですよね。私自身は上のように感じましたが、たぶん他の方はまったく違う感想を抱いたりするのかもなーと考えたりもします。
次回の記事では、「マリーの日記」の記述をもとに、2017年11月~2018年7月までの時系列をまとめようと思います。また、「2018年から2042年に至るまでマリーとケルシーがどのように生きてきたのか」、「24年後にケルシーが日記帳を回収しに来たのはなぜか」といった部分についても軽く考察します。
※次回の記事→『Marie's Room』 2017~2018年の時系列と2042年のマリー&ケルシーについて 考察&感想
※「もう手の届かない過去を振り返る」作品について、いくつか感想記事を書いています。
・『テオとセァラ』 「選択をやり直せない」ノベルゲーム 感想 考察 攻略
・『ヒトミサキ』 懐かしい故郷で事件が起こるノスタルジックミステリーADV 感想&攻略 ※ネタバレ注意
・『Her Story』(彼女の物語) 感想 時系列考察 ※ネタバレ注意
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