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『劇場版鬼滅の刃 無限列車編』 初見で泣いた12のシーン 感想 ※ネタバレ注意

2021/03/22
旅・映画・本・アニメ 0
映画 感想 鬼滅の刃 エンターテインメント ダーク ファンタジー

週刊少年ジャンプに連載されていた『鬼滅の刃』の映画化作品、『劇場版鬼滅の刃 無限列車編』の感想記事です。今回は、初見鑑賞中に泣いた12のシーンを取り上げて振り返りました。ネタバレが含まれます。

『劇場版鬼滅の刃 無限列車編』 初見で泣いた12のシーン 感想 見出し画像 Photo by Tessa Rampersad on Unsplash

Photo by Tessa Rampersad on Unsplash

3月15日、『劇場版鬼滅の刃 無限列車編』のBlu-ray&DVDの発売決定が告知されました。まさに「ついに」という感じで嬉しい反面、「そろそろ上映終了するんだな…」と寂しい気持ちにもなりました。というわけで、今更ではありますが、劇場版鬼滅の刃の感想記事を軽く書こうかなーと思います。

『劇場版鬼滅の刃 無限列車編』、私は公開から少し遅れて昨年中に鑑賞しました。感想を簡単に書くなら、「一貫したテーマ性を持ち、内容は普遍的でわかりやすく、老若男女の共感・感動を呼ぶ映画」でしょうか。ターゲット層である子供達はもちろん、その親世代や若者やもっと上の世代の方にとっても、何かしら琴線に触れるものがある内容だったのではないかと思います。

ちなみに、私は映画で初めて『鬼滅の刃』に触れました。映画館に足を運んだきっかけは家族に観に行こうと誘われたこと。つまり、(断片的な知識はあるものの)映画を観た時点では原作未読&アニメ未視聴の状態でした。もちろん事前情報なしだとさすがに楽しめない気がしたので、基本的な世界設定やキャラクター情報などは調べてから観に行きました。

そんなまっさらに近い状態で鑑賞した結果、感情移入できずに楽しめなかった……なんてことはまったくなく、むしろエンドロールまでに何度となく泣かされました。もともと涙腺よわよわの自覚はありますが、それにしてもびっくりするくらいに要所要所で泣いてしまい、「これ後で目が腫れてヤバそうだな」と真剣に思ったことを覚えています。とはいえ周囲の観客もスンスンと洟をすすっていたので、私も開き直って最後まで泣き通しの鑑賞を続けました。鑑賞後は余韻からなかなか抜け出せず、結局その後も2回ほど乗車しました(4DXでも鑑賞しました)。

初見鑑賞の後、「なんであんなに泣けたんだろう?」と理由を色々と考えました。一言で言えば「泣きのツボに入ったから」に尽きます。ただ、場面ごとに掘り下げて理由を考えていくとけっこう面白いんじゃないかなーと思い、「泣けた12の場面」と銘打って12の“泣き”シーンをピックアップし、なぜそこで泣いたのかを考える記事を書きました。

この書き方で分かっていただけるかと思いますが、フツーに私1人が振り返って楽しいだけの内容です(ちゃんとした感想記事はまた別に挙げるかもしれません)。以下には無限列車編のネタバレが含まれるので、未見の方はご注意ください。

泣ける場面①:ひざまずいて魘夢に幸福な夢を乞う車掌さん

泣ける場面その1は映画のごく序盤、切符を切って炭治郎たちに血鬼術をかけた車掌さんが走り込んできて、魘夢にひざまずき泣きすがるシーンです。ここで最初の「泣き」がきました。

「そんな序盤も序盤の名もないモブのシーンで」と思われるかもしれません。しかしこの短い場面は、「『無限列車編』ってこういうテーマの話なんだ」と心で理解できるけっこう重要なシーンだと思います。

まず、車掌さんの動かし方がグレートですよね。ついさっきまでうつろな表情と声で機械的に切符を切っていた車掌さんが、息を切らして血相を変えて駆け込んでくる。そして体裁も何もなくひざまずき、声を何度も詰まらせ涙ながらにとりすがるわけです。亡くなった妻子の夢を見せてください、幸せな夢を見せてください……と。望み通り魘夢に「おやすみィ」を食らった彼は、涙を流しつつ昏倒して幸福な夢に浸り始めます。

この10数秒ほどの動きとセリフによって、車掌さんの過去と動機と孤独と悲痛(妻子が亡くなった、生きる気力が湧かない、この現実に耐えられない、夢でもいいから2人に会いたい)を丸ごと推察できる点が実に見事だと思います。「そんなん悲しいに決まってるやろ」とばかりにわかりやすく悲しいので(この「分かりやすさ」=理解のしやすさこそ、『劇場版鬼滅の刃 無限列車編』が大ヒットした理由でもあると個人的には思います)。

車掌さんのくだりは、「たとえ夢幻と分かっていても幸福(愛する人の幻影)を追い求めてしまう人間の悲哀」という、『無限列車編』前半を貫くテーマが提示されるシーンでもあります。声優さんの素晴らしい演技もあって感情移入もできるしテーマもスッと把握できる、実にあっぱれなワンシーンに仕上がっていた印象です。

泣ける場面②:亡くなった家族と邂逅し幸福な夢に囚われる炭治郎

泣ける場面その2は、血鬼術をかけられた炭治郎が亡くなった母や弟妹と再会し、幸せな夢に溺れていく一連のシーンです。まずは夢の最初、生きている妹と弟に駆け寄って抱きついて泣きながら謝る場面でぐわーっと引きずり出されるように「泣き」が来ました。同時に、魘夢の血鬼術のヤバさを即座に理解しました。

なんといっても、炭治郎の動揺っぷりが辛くてイイですよね。いったいどうなってるんだ!と完全に臨戦態勢だったのに、生きて動いている弟妹に気づくと「ぁ……」と呆けたように吐息を漏らしてしまう。そこから攻撃手段の日輪刀を取り落とし、何かを疑い考えるよりもまず駆け出して、妹と弟に抱きつきに行く。そして大声で泣きじゃくりながら謝り続ける……という。

もう「圧倒的悲しさ」とでも形容するほかないというか、炭治郎の亡き家族に対する深い罪悪感(たぶんいわゆるサバイバーズ・ギルト)をひしひしと感じて、観ているだけで心苦しくなってしまうシーンでした。花子と茂がきょとんとしているところも切なかったです。この可愛い子たちはこの世の人ではないんだな、この子たちはもう炭治郎の記憶の中にしか生きてはいないんだな……と思えてしまって。

そもそも炭治郎って強い子じゃないですか。たとえ愛する人を喪った心の傷が癒えなくても悲しくても、唯一の肉親である禰豆子を守らなければならないから、頑張って前を向いて生きている。そんな彼をあざ笑うかのようにその心を打ち砕き、奥底にある生傷と哀しみを無理やりに表出させる魘夢の血鬼術は、つくづくヤバいしエグいなーと思うばかりです。

この抱きつきシーンは声優さんの泣き声も素晴らしかったです。本気で叫ぶときや泣くときの声って、濁ったりひずんだりしてけして綺麗なものにはならないイメージがあります。この場面の泣き声にもその「綺麗じゃない感じ」があって、炭治郎のまだ幼い部分が前面に出てしまったかのような崩れっぷりに涙せずにはいられませんでした。

また、竈門家での家族団らんシーンもじわっと泣ける良い場面でした。様子のおかしい炭治郎を心配して、両手で頬を包み込んでくれる母。冗談めかして布でふわっとくるんで笑ってくれる弟妹たち。炭治郎も安らいだ顔をしていて、圧倒的に幸せな一幕です。そして幸せでしかないだけに、炭治郎が二度と彼らに会えない事実がひしひしと胸に迫ってきて、どうしようもなく悲しくなるシーンでもありました。

泣ける場面③:煉獄兄弟のやりとり

泣ける場面その3は、魘夢の血鬼術に落ちた煉獄さんとその弟・千寿郎のやりとりです。父との対面から始まるこの夢は「幸福な夢」とは言い難く、どちらかと言えば失意と寂しさが色濃い内容です。完全な幻というよりは、煉獄さんが過去に実際に体験した出来事を回想しているような雰囲気がありました。煉獄さんの夢が過去回想めいていた理由は諸説あるようですが、魘夢が意図して幸福な夢を見せなかった説が最も有力なのでしょうか。

ともあれ、煉獄さんの夢はじわじわのちぼろぼろと泣ける場面でした。勢いよく「泣き」がやってくる感じではないものの、鑑賞後も思い返しては心苦しくなる、長く尾を引く印象的なシーンだったと思います。また、変な人、頼れる柱、カッコイイ兄貴……といった顔を見せてきた煉獄さんの意外な過去を知って、キャラクターの複雑さに心惹かれたシーンでもありました。

まず最初の、煉獄さんが父上から精神的にバッサリ斬られるシーンで「ああ……」と思いました。千寿郎のセリフからも分かる通り、煉獄さんが欲していたのは別に過大な賞賛や褒美ではなく、ただ「よくやった」というお父さんからの労いの一言だったんだろうと思います。煉獄さん自身が炭治郎に語ったように、柱になるまでの道のりは長く険しいものであって、煉獄さんは何年間も日夜鍛錬と任務に励んできたはずです。そしてその苦しい努力が実ったとき、一番に報告したい人は先代の炎柱だった父親だったのでしょう。

しかし、父上は息子による柱就任の報告を「どうでもいい」と切り捨てました。煉獄さんはけしてお父さんに褒めてほしい一心で柱に登りつめたわけではないと思います。むしろ父の心無い言葉に逆らって柱になったようなものなので。ただそれでも、息子として期待せずにはいられなかったと思うんですよね。自暴自棄になって息子など眼中にない父も、この特別な日であれば、昔のように自分に目を向けてくれるかもしれない……と。

実際お父さんにバッサリと斬られた後、部屋から退出して縁側を歩く煉獄さんは明らかにショックを受けている様子でした。とぼとぼ歩いているというか、胸も張らず腕も振らず大股でもなく、明らかに放心状態で歩いている感じなんですよね。千寿郎を見つけて我に返るものの、そこまでは何も考えられないくらいの状態だったのではないかと思います。

何が悲しいって、煉獄さんは自分の感情を明確に自覚しているんですよね。つまり、煉獄さんは父からの無関心と暴言に傷ついていないわけではありません。たとえば、「千寿郎の方がもっと可哀想」という思いからは、「(千寿郎ほどではないにせよ)自分も可哀想な境遇にある」という認識が見て取れます。また、「生きていこう、寂しくとも!」というセリフには、「父親に兄弟揃って放っておかれて寂しい」という素直な気持ちがにじんでいます。

自分の感じている心の痛みを直視した上で、仕方がないことだと割り切って前を向く。その冷静さと気丈さが無性に悲しくなるポイントでした(たぶん今まで何度となくお父さんを思って報われない経験をしていて、諦めをつけやすくなっているのかなーとも思いました)。「考えても仕方のないことは考えるな」という思考をしがちで、欲しいものがあっても駄々をこねてまで手を伸ばそうとはしないような、頭が良くてタフで割り切り上手なキャラクターは見ていてつらくて好きです。

人の感じる苦しみは比較できるようなものではないですが、たぶん父上がああなっている現状って千寿郎よりも煉獄さんの方がキツイんじゃないかなーと少し思いました。お母さんを覚えていなくてまともなお父さんと過ごした時間も短いだろう千寿郎よりも、両親が健在の時代をよく知っている煉獄さんの方が、過去と現在の落差に心打ちのめされることも多々あったんじゃないかな、と。

あと、千寿郎にはクッションになったりケアしてくれたりするお兄さんがいますが、当の煉獄さんにはそういう存在がいませんよね。常にお父さんと一対一で対峙して、そのたび心無い暴言や価値否定的な言葉を投げつけられていたとするなら、普通は父を憎悪したりやさぐれたりするものだと思います。それが自然だし、そうなって責める人もいないというか。

でも、そこで心折れないのが煉獄さんの強さであり、その根底には彼の家族に対する愛情の深さがあるんだろうと思います。そして気丈で愛情深いからこそ、悲しいこともつらいことも独りで背負い込んでしまうタイプの人なんだろうな、と。

大正時代の家庭観、数百年受け継ぐ家業への責任感、その時代特有のしがらみ……諸々あるとは思いますが、性格について「自分ひとりが耐えて頑張ればこの家はまだ大丈夫」と考えがちな人は、大人でも子供でも見ていて本当に心苦しくなります。

もっとも、煉獄兄弟のやりとりは良い意味で泣けるものでした。弟の幸福を願う煉獄さんの思いに感動したのもさることながら、ぽろぽろと涙をこぼす千寿郎に感情移入して、大好きな兄上にこんなことを言ってもらったらそりゃ泣いちゃうよね……とめっちゃ思いました。

まず、煉獄さんは「たとえ柱になっても父は振り向いてくれない」ことを知って打ちのめされた直後です。そんな状態にあって、自分と同じ期待を抱いている千寿郎に誠実に本当のことを伝えつつ、しかしその心を傷つけないように呪縛を解いてあげようとする姿勢に泣きました。数分前まで父にかえりみられなかった息子の顔をしていたのに、千寿郎のためにすぐさま心を切り替えて「兄」になれる包容力と愛情深さ……出来すぎなほどに出来たお兄さんだなーとつくづく思います。

家業ありきの名門に生まれたのに、かつ自分はその重みを背負って柱になったのに、「お前は別の道を行っていい、どんな道を行ってもお前は立派な人間になれる」とはなかなか言えないと思うんですよね。弟を心底愛していて、かつ苦しいことをすべて一人で背負う気だったのかな、と感じました。

その理由は対千寿郎においては「兄だから」に尽きると思うし、客観的に見てつらい話だとも思いますが、「兄と弟」の枠にはまることは煉獄さんにとっては一種の救いだったんだろうなとは思います。「千寿郎がいるから」と歯を食いしばって頑張れた場面はきっとたくさんあったはずなので(千寿郎を抱きしめる場面は、煉獄さんの方も心なしか千寿郎にすがっているようにも見えて、少し切なくなりました)。

千寿郎に対する煉獄さんの励ましの中でとりわけ好きな言葉は、「兄は弟を信じている」です。シンプルな一言に、煉獄さんの千寿郎への無辺の愛情が込められているような気がします。

あと、千寿郎も兄上である煉獄さんのことが大好きなんだろうなーとひしひしと感じました。たぶん千寿郎は、努力を重ねてきた煉獄さんが父上に認めてもらえることを誰よりも強く願っていたのだろうと思います。そしてそれが叶わなかったことは、たぶん我が事のようにつらかったんじゃないかな、と。あの場面の千寿郎はきっと、兄である煉獄さんが流せないぶんも涙をこぼしているんだろうと個人的には思いました。

泣ける場面⑤:幸福な夢と決別する炭治郎

泣ける場面その5は、禰豆子の存在を意識した炭治郎が覚醒し、雪原で幸福な夢と決別しようとするシーンです。めっちゃ泣けると言うよりは、炭治郎の悲しみに共感し切なくなって泣けてしまうシーンでした。

まず直前の、禰豆子の血の匂いに気づいて夢の呪縛を振りほどく(禰豆子の炎に包まれ隊服バージョンに戻る)シーンの「燃え」が、この決別シーンの良いスパイスになっている気がします。幸福な夢にさよならするぞ、となった段階で、ようやく鬼になる前の禰豆子(夢幻)が登場するからです。

ここで、炭治郎は一度も夢幻の禰豆子を見ようとはしないんですよね。少し振り向けば人間だった頃の禰豆子の姿を見ることができるのに、けして振り向こうとはしない。たぶん一目見たら弟妹にそうしたように抱きつきに行ってしまう(そして再び夢に囚われてしまう)からなのかなーと感じました。

今や唯一の肉親である禰豆子への思いによって幸福な夢幻を振り払い、しかし取り戻したいと焦がれている人間状態の禰豆子と対面することはしない(できない)。このあたりに炭治郎の葛藤と言うか、妹である禰豆子への強い感情を感じてたまらない気持ちになりました。

もう喪った家族、現実では鬼と化した妹に背を向けて、炭治郎が「ここに居たいなあ」と涙混じりにつぶやく場面も、なんとも言えず切なかったです(BGMも最高)。現実に戻ってもつらいことが山ほど待ち受けている一方、振り返って戻れば大好きな家族とずっと一緒にいられる。それでもただ一人の肉親である禰豆子を守るために、炭治郎は苛酷な現実へと戻っていきます。

炭治郎が涙ながらに走り出し、家族と禰豆子が吹雪にかき消されて見えなくなるシーンは、彼らが再び思い出すことでしか触れられない存在に戻ったことを象徴しているかのようでした。六太の「置いていかないで」もまた、その事実を如実に示しているのかもしれません。

愛する家族を背後(過去)に置き去りにすることに誰よりも傷ついていて、罪悪感に打ちのめされてもいて、でも家族のことをけして忘れようとはしないだろう炭治郎。そんな彼が気の毒でならず、つい泣いてしまった覚えがあります。

泣ける場面⑤:結核の人の涙

泣ける場面その5は、炭治郎を害そうとした結核の人が涙するシーンです。結核の人の思いに共感してほろりと泣ける感じのシーンでした。

病の苦しみから逃れるためなら、他者を傷つけてもかまわない。結核の人はそう思うに至るほどに追いつめられ、他者を壊す行為だと理解した上で無意識領域に侵入しました。そんな彼は炭治郎の底抜けの優しさと善意に迎えられ、己の醜さに気づいてただ崩れ落ちます。

結核の人自身も言っていましたが、「僕はあなたに悪意を向けたのに……」と自分の愚かさに恥じ入るほかない状況です。ただ同時に、心身ともにボロボロで孤独な彼にとっては、炭治郎から受け取った優しさがどうしようもなく有り難いものだったのではないかと思います。だからこそ現実に戻ったとき、彼はもはや自分の為に炭治郎を犠牲にしようとは考られなかったのでしょう。

この場面は、自分の命を狙った相手に対して「可哀想だ」と素直に同情する炭治郎も印象的でした。他者の心や境遇を推し量って思いやることは、人間に与えられた最も優れた能力の1つだと個人的には思います。

泣ける場面⑥:家族の悪夢を見せられて魘夢にブチ切れる炭治郎

泣ける場面その6は、家族の悪夢を見せられた炭治郎が魘夢に対してブチ切れるシーンです。「燃え」が勝つシーンかもしれませんが、私は初見でぐわっと込み上げた「泣き」に圧倒されました。直前の迫力のアクションシーンもあって盛り上がりがハンパなかったです。

あの悪夢のシーンは、無限列車編でも一、二を争うくらい陰惨で暗いシーンだと思います。惨殺された家族が血まみれの顔に憎悪を剥き出しにして、サバイバーである炭治郎を責めてくるわけですから。観客としては「守れなくてごめんなって大泣きしてたのに、こんなもの見せられて炭治郎ショック受けてないかな……」とハラハラしました。

ただ最後の最後、炭治郎が六太を抱えた母親を目をかっぴらいて見つめているカットを観て、「あ、違うわこれ」と気づくんですよね。炭治郎傷ついてへんわ、むしろガチ切れしてるわ、と。

そこからの、「言うはずが無いだろう、そんなことを、俺の家族が!!」「俺の家族を侮辱するな!!」と咆哮する炭治郎はもう、迫力が凄まじすぎてヤバかったです。まさに怒髪天を突く、でもその裏にあるのはもう戻らない幸福への限りない悲しみである……というのが絶妙です。

山奥に住む炭焼きの少年だった炭治郎が幸福だったこと、今でも亡き家族を心から愛していること、もはや思い出すことでしか愛する人々に触れる術はないこと、それなのに大切な人たちの思い出をいたずらに踏みにじられて激昂せずにはいられないこと……そんな諸々がビリビリと雷に打たれるような勢いで伝わってきて、もう引きずり込まれるように泣けました。

この啖呵を切る場面、台詞の順序が倒置法になっているのもいいですね。炭治郎が身が震えるほどの怒りに引きずられるままに吠えていることがよくわかります。あと、声優さんの喉が潰れるんじゃないかと思うくらいの叫びっぷりも素晴らしかったです(特に「俺の家族が!!」の言い方が大好き)。

また、無限列車編のファミリー向け映画としてのポテンシャルが燦然たる輝きを放つのは、間違いなくこの咆哮シーンにおいてだろうとと思います。炭治郎の家族に対する愛情深さを痛切に感じてすごくジーンとしたので。家族愛の理想がありありと表現されたこの場面、子供はもちろん、一緒に観に来ている親にこそかなり響くものがあるんじゃないかなーと感じました。

泣ける場面⑦:病床の母に抱き寄せられ涙を浮かべる幼い煉獄さん、そこからの覚醒

泣ける場面その7は、アカザとの死闘の末に致命傷を負わされた煉獄さんが、今は亡き母との会話を思い返すシーンです。絶望の状態から始まる回想、そして最期の力を振り絞っての攻撃……穏やかな回想シーンでぽろぽろ泣かされてからの、生命を燃やし尽くす勢いでアカザに食らいつく煉獄さんの姿を見せられて、気づけば泣いてしまっている自分がいました。

まず、アカザの言葉(他者を貪る鬼になれ、強いお前にはその資格がある)をトリガーにして、緊迫の戦闘シーンから静謐な回想シーンにスッと移り変わるのがグレートです。「君と俺とでは価値基準が違う」とはっきりと言い切った煉獄さんの原点である母からの教示、つまり、「強き者は弱き者を守るために強く生まれた、強く生まれたからには自分よりも弱い者を守らねばならない」という思想がここで提示されるわけです。

母上である瑠火さんの凛とした言葉を聞いていると、煉獄さんの心には常に母上の教えという灯火があって、母に託された使命を果たすことを第一に考えて生きてきたんだな……と心で理解できました。その回想シーンに至るまでに見てきた煉獄杏寿郎の雄姿と言動が、このクライマックスの回想シーンできれいに裏打ちされた感じがあったというか。ノブレス・オブリージュですよね、まさに。

瑠火さんの教えに関しては、「遺していく子供に背負わせるには重すぎる使命だ」という考えももっともだとは思います。ただ、鬼滅の時代性や煉獄家の歴史・家業の特殊性を考えると、瑠火さんが嫡男の煉獄さんにああいうことを言い渡したのは理解できる話だなーと思いました(まず夫に頼んだ方がよかったんじゃないかとは思ったものの、当時すでに心が折れそうな片鱗があって、後継者の煉獄さんの方に託したのかなーと思ったり)。

何より、煉獄さんにとって瑠火さんの言葉は何よりの心の標だったと思うんですよね。瑠火さんの教えは息子に多くの困難を要求するものですが、言ってみればそれって、瑠火さんが「あなたにならきっとできる」と息子を心底信じていたことの表れでもあります。

というより、少なくとも息子である煉獄さんはそう受け止めて、亡き母からの信頼と愛情に報いるために強く正しく生きていたんじゃないかなーと思いました。その生き方は傍目には苦しくつらいものですが、むしろ煉獄さんにとっては、後悔も迷いも抱かず堂々と胸を張って歩める唯一の「道」だったんじゃないかな、と。

最後に煉獄さんを抱き寄せて泣いていたところを見るに、たぶん瑠火さんも本当は心苦しかったんだろうと思います。苛酷な家業を継いで死と隣り合わせの道を歩むことになる息子を、強くあれと諭して自分は先立たねばならないわけですから。本当なら母親として優しく抱きしめるだけで終わらせたいところ、それこそ煉獄家に嫁いだ女の義務として、厳しく教え諭したんだろうなと感じました。

実際煉獄さんは、瑠火さんの教えをまっとうして生き抜きました。母が世を去って父がああいう状態になった後、心が折れそうになったことも悲しみに呑み込まれそうになったことも多々あっただろうと思います。おそらくそのたびに煉獄さんは母との会話を思い返し、歯を食いしばって困難を乗り越えてきた……この回想シーンを見るだけでも、そういう風に察するものがありました。本当に強く立派な人だと思います。

そして、回想シーンで煉獄少年が目に涙を浮かべてからの、アカザに対する最期の攻撃。「貴方のような人に生んでもらえて光栄だった」でもう涙腺がぼろぼろになりました。柱の鑑すぎるし孝行息子すぎてつらい。世の母親はこのシーンでおおむね泣いちゃうんじゃ?と思うくらいでした。

この場面の煉獄さんには、燃え尽きる直前の炎がひときわ激しく燃え上がり輝きを放つような気迫があって、「こんな状態でもまだ務めを果たすために戦おうとするだなんて……」と心打たれつつも胸が痛んで泣けてしまったことを覚えています。

泣ける場面⑧:「煉獄さんは負けてない!!」「煉獄さんの勝ちだ!!」

泣ける場面その8は、逃げていくアカザの背中に炭治郎が絶叫するシーンです。無限列車編には幾多もの素晴らしいシーンが存在しますが、個人的に最も響いたのはこの場面でした。絶望の淵から生じる「燃え」と突き上げるような「泣き」に感情がぐちゃぐちゃになり、炭治郎……炭治郎ありがとう……と泣きながら思うほかなかったです。

まずこの場面の何がスゴイって、炭治郎が観客の心情を的確に代弁してくれる点だと思います。少なくとも私は「お前ポンポン手が生えて卑怯やねん」、「気軽に肉切って骨断って良い御身分やなあ」とアカザに対して何度も歯噛みしていたぶん、炭治郎の怒りの叫びにハンパなく心を持っていかれました。そうだよ、煉獄さんは強いんだよ、命がけで守り切ったんだよ……とまだうまく言語化できなくても確信していた部分を、炭治郎が感情を乗せて余すところなくぶつけてくれるから、もうちょっぴり震えるくらいにぼろぼろ泣きました。「そや、その通りや炭治郎!」と完全に気持ちがリンクしてしまったわけです。

次に、炭治郎の叫びによって漂う絶望ムードが払われ希望の光が差す点も素晴らしいと思います。

煉獄さんの死力を尽くした攻撃も一歩届かず、炭治郎と伊之助の決死の攻撃はかわされ、アカザは炎柱の命を奪ってすたこらさっさと逃げていく。こっちは煉獄さんを喪うのに敵は実質無傷で勝ち逃げするのか……と絶望に囚われた瞬間に、炭治郎がヒノカミ神楽でアカザの背中に深々と日輪刀を突き立て、「逃げるな卑怯者!」と声を限りに叫んでくれるわけです。煉獄さんは負けてない、誰も死なせなかった、戦い抜いた、守り抜いた、煉獄さんの勝ちだ、と。

この前後で、アカザは昇り来る太陽におびえて体裁もなにもなく必死に逃亡しようとしています。そして、意図的にみっともなく描かれているだろうその姿は、炭治郎によって背中を穿たれ詰られたことで、さらに見苦しく映るようにもなります。

炭治郎の(言ってみれば実質的なダメージにはならない)行動と言葉に対して、アカザはどんと構えて冷笑するでもなく、俺はお前らから逃げてるんじゃない、太陽から逃げてるんだ……とピキピキしているんですよね。もとより自分よりはるかに格下の「弱者」の言うこと、自分の弱みにかすりもしていないのなら、青筋を立てるほど怒る必要はないはずです。

おそらく朝日が昇る段階まで粘られたことはアカザにとってまったくの想定外であり、本懐である戦いを放棄してまで敵前逃亡するほかない状況に追い込まれたことは、ある種の「負け」でしかなかったんじゃないかと思います。

炭治郎の行動(背中に傷を負わせる:無防備に敵前逃亡を図ったことの証)と言葉(「卑怯者」:鍛錬と強さについて熱っぽく語りつつも、自分に不利なバトルフィールドになったとたん恥も臆面もなく逃げる姿勢に対して)は、意図してのものかどうかはともかく、そんなアカザの「負け」をわかりやすく露呈させてしまったわけです。

言ってみれば、ここでアカザがピキってくれたことによって炭治郎の主張の正しさが補強されたし、観客としても「そうだ、煉獄さんは勝ったんだ……!」と絶望状態からいくらか立ち直ることができたような気がします。

最後に、この場面は煉獄さんの気持ちを思っても泣けるシーンだなーと思います。というのも、炭治郎の言葉を聞いた煉獄さん、驚いた後に少し眉を下げて微笑むんですよね。普段の眼をかっぴらいて口角をぎゅいーんと吊り上げる笑みではなく、すごく自然な笑みを浮かべるわけです。苦笑しているような、安堵しているような、もっと言うと「ありがとう」とでも言いたげな笑みを。

身命を賭しても鬼の頸を斬れずに逃げられて、柱である煉獄さんは当然悔しくも不甲斐なくも思ったはずです。しかし、致命傷を負った煉獄さんが失意の淵に沈んでしまう前に、炭治郎は魂の叫びによって彼をからくも掬い上げたんですよね。炭治郎があのタイミングで心のままに叫んだからこそ、煉獄さんはハッと顔を上げて、あのほっとしたような困ったような笑みを浮かべられたんだろうな……と個人的には思いました。

泣ける場面⑨:「胸を張って生きろ」

泣ける場面その9は、煉獄さんが炭治郎たちに最期の言葉を伝えるシーンです。ここに関しても炭治郎と気持ちがリンクして、たとえば「もう喋らなくていいです」と頼まずにはいられない思いが痛いほどわかりました。

ただ一方で、柱でありついさっき炭治郎に止血指導をした煉獄さんなら自分の身体のことくらい造作もなくわかるはず、もう手遅れだと悟っているから最期の言葉を遺そうとしているんだ……ということも分かってしまうんですよね。だから、唐突にやってきた別れの悲しみにおとなしく浸るほかありませんでした。

弟の千寿郎に、父上に……と順に伝えてほしいことを話した煉獄さんは、後輩である炭治郎に対しても最期の言葉を遺します。ここで俺が死ぬことは気にするな、歯を食いしばって前を向け、胸を張って生きろ、と。

この点に関して、煉獄さんは他者の感情を的確に推し量れる聡明な人だなーと感じました。もともとの気質もあるし、家庭事情が複雑だから、なおさらよく他人を観て育ったんだろうなーと思います。

煉獄さんはおそらく、先輩の死闘を見守ることしかできなかった炭治郎たちが絶望し無力感を覚えていることを敏感に感じ取ったのでしょう。だからこそ、死にゆく自分のことは気にしなくていい、悲しみに暮れることなく前を向け、今度は君たちが柱になって隊を支えるんだ……と炭治郎たちの心を軽くして指針を残すための言葉を伝えたのだと思います。死ぬ間際であっても他者の心を慮る、そんな煉獄さんの優しさに泣ける場面です。

個人的には、「柱ならば後輩の盾となるのは当然だ」という一言が印象に残っています。柱としての矜持や代々柱を襲名してきた一族としての信条はもちろん、同じ位にある同僚への信頼だとか炭治郎の罪悪感を軽減する狙いだとか、サッパリとした言葉にもろもろの信念や思いが詰まっているような気がしてたまらない気持ちになります。

これは完全に主観かつ繰り返しになりますが、炭治郎が直前に煉獄さんの心を救ったからこそ、煉獄さんはここできちんと最期の言葉を伝えられたんだろうなーと感じました。そして煉獄さんの言葉によって、炭治郎もまた悲しみから救われ、未来へと向かうための心の標を得たんだろうと思います。ちょうど幼き日の煉獄さんが、死を目前にした母の瑠火さんから使命と言う名の灯火を受け取ったように。

ある意味では、「強き者として弱き者を守れ」という母から託された使命を、血筋に関係なく未来ある少年たちに託すことができた終わり方だったのかもしれないなーとふと思いました。ジョジョの伝播する黄金の精神みたいな感じで。

また、「俺は君の妹を信じる」という言葉には、炭治郎の気持ちを思って感じ入ってしまいました。鬼となった禰豆子を救うために血反吐を吐く思いで生きてきた炭治郎にとって、(一度は禰豆子を即刻処刑すべきと主張していた)煉獄さんに妹の存在を認めてもらえたことは、何よりも嬉しいことだったんじゃないか、と。

そこからの、「命をかけて鬼と戦い人を守る者は誰が何と言おうと鬼殺隊の一員だ」、「胸を張って生きろ」あたりでは、炭治郎と一緒にもうぼろぼろに泣けてきた記憶があります。煉獄さんは炭治郎が何より大切にするものを尊重し、かつ妹を守って生きようとする炭治郎を力強く肯定してくれたわけです(この場面での「胸を張って生きろ」は、炭治郎→(アカザ)→煉獄さんの「煉獄さんは負けてない」に対応するメッセージだと勝手に思っています)。

まとめると、使命に殉じた煉獄さんの心を炭治郎がうまく掬い上げたように、煉獄さんは炭治郎の心に未来を照らす火を灯すことで彼を絶望と哀しみから救ったんだろうなと感じました(あくまで個人の意見です)。なんというか、普段はほぼ使わない言葉ですが、尊いなー……と噛みしめるように思ってしまいました。

泣ける場面⑩:炭治郎と善逸を涙ながらに鼓舞する伊之助

泣ける場面その10は、伊之助が泣きながら炭治郎と善逸を鼓舞するシーンです。「もうこれ以上泣けない、泣きたくない」と思っていたのに、まんまと涙腺をやられた記憶があります。

伊之助については、序盤~前半で脳筋っぷりが凄まじいなーと思ったぶん、魘夢戦においての格好良い戦いぶりや傍若無人に見えて炭治郎を何度か気遣うシーンがすごく好印象だったんですよね。その好印象が、泣き崩れてへこんでいる炭治郎と善逸を叱咤する場面でさらにぐーんと上昇した覚えがあります。まっすぐで男気があってカッコイイな、と。

「死者は土に還るだけ」なんてシビアな正論を言いつつも、その当人が声を震わせて号泣しているのがイイんですよね。伊之助だって悲しみや無力感に打ちひしがれていて、でも自分たちを守ってくれた煉獄さんの遺志を無碍にしたくないから、「報いるには自分たちが前に進むしかない」と自分自身にも周囲にも言い聞かせている。その前向きな気概にどうしようもなく泣けました。

この瞬間、煉獄さんの遺言を誰よりも真摯に受け止めていたのは伊之助だったんじゃないかなーとも思います。途中で煉獄さんの頼もしさに感じ入っていた様子もあるし、もしも煉獄さんが無事に帰還していれば、炭治郎や善逸と三人で仲良く継子になっていたのかなーとつい想像してしまいました。

泣ける場面⑪:涙を浮かべる鎹鴉と柱たちの反応

泣ける場面その11は、煉獄さんが息を引き取ったのを見届けた後、朝焼けの空をバックに鎹鴉が飛び立つシーンです。その後の炎柱の殉職が次々に他の柱たちに伝えられていくくだりでも、前の流れからの余波で泣き通しでした。認めたくないけど認めざるを得ない、煉獄さんはもう行ってしまった……と。

最初こそ「え、カラスって泣くんだ」と反射的に思ったものの、うるうるしている鎹鴉を観ていると問答無用で涙を誘われたことを覚えています。炭治郎たちと同じく大事なパートナーが命を散らす様を見ていることしかできなかっただろうことを思うと、その無念がしのばれました。

歴戦の剣士でもある柱達の反応は、目の前で煉獄の死を見届けた炭治郎たちに比べると抑えめなもの。それでも突然の訃報にショックを受けていたり、鬼の殲滅を改めて心に誓っていたりと、しっかりと同僚の死を悼んでいることが伝わってきてなんとも悲しかったです。

泣ける場面⑫:別れのエンドロール

泣ける場面その12は、炭治郎の「煉獄さん、煉獄さん……」という呼びかけから始まる、在りし日の煉獄さんの姿が次々に映し出されるエンドロールです。最初から最後まで煉獄さん(と煉獄家)尽くしで、まさに「煉獄さんとの別れのエンドロール」とでも形容すべき内容でした。

最後の最後観客の涙腺にトドメを刺しに来るのが、間違いなくこのエンドロールだと思います。少なくともそこに至るまでに煉獄さん関連で泣いてしまった人は、あのエンドロールで泣かずにはいられないんじゃないかな、と感じました。

子供の頃や元気だった頃、生前の煉獄さんの姿が消えては浮かぶ中で、「もう煉獄さんはいないんだ……手の届かない場所に行ってしまったんだ……」という喪失感と悲しみが込み上げてきて、涙ながらにスクリーンを見つめてしまった記憶があります。

主題歌の「炎」がまた“効く”んですよね。完全に映画の内容を反映しているというか、炭治郎の煉獄さんへの思い(あるいは悲しみを乗り越えて生きていた煉獄さんの思い)を歌った歌だと感じました。煉獄さんは先に行ってしまったしもう取り返しがつかないけれど、炭治郎たちの心には煉獄さんの灯した火が宿り、彼の意志は未来へと受け継がれていく……そんな風に、聴いていて悲しくなるのに確かな希望を抱ける素晴らしい主題歌だと思います。

冷静に考えると、主人公の炭治郎がまったく出てこないエンドロールってなかなか思い切った采配だなーという印象です。ただ、劇場版「無限列車編」の終盤において、(救う手立てを持たず干渉することもできず、暗闇に身を置いて死闘を見守るほかない)観客は、主人公の炭治郎と限りなく心を近くして煉獄さんの死を見届けることになるんですよね。だから、生前の煉獄さんを大いに偲び、彼の遺品である折れた日輪刀と鍔を映して終わるエンドロールは、観客の欲するものを正確に把握し実現した内容だったなーと個人的には思います。

番外:ついつい笑いを禁じ得なかったシーン

ところで、終盤近くの緊迫した空気の中、ギャグシーンでもないのについつい笑ってしまった場面があります。それは、完全に消滅する前の魘夢による炭治郎その他に対するレビューシーンです。

あいつのせいだ~あいつさえあんなことをしなければ~と炭治郎たち1人1人について恨み節をぶちまけていく魘夢ですが、その内容って裏返すまでもなくフツーに褒め言葉なんですよね。煉獄さんはたった1人で後方車両守り切ってスゴイ、善逸は血鬼術を解き切ってないのに動けてスゴイ、禰豆子は鬼なのに乗客守ってスゴイ……伊之助に至っては「感覚が鋭い!」とかストレートに褒めていて、それもう悪口ちゃうやん律儀に敵をベタ褒めしてるやん……とすごく思いました。

魘夢本人によってv.s.魘夢戦の見どころと炭治郎たちの功績が総括されるこの場面は、たぶんv.s.上弦ノ参戦に入る前に、「この戦いで炭治郎たちはこんな活躍をしましたよ」とわかりやすく示す意図もあったのかなーと思います。ただそれでも、退場前に敵をきっちりと褒めていく魘夢の有能レビュアーっぷりがなんだか面白くて、可哀想なのについにこにこしてしまいました。魘夢くん、個性的だしキャラデザも秀逸だしで良い敵キャラだったなーと思います。

*****

煉獄さんを「煉獄」と呼び捨てることに強烈な違和感があった(フルネームはギリギリOK)ので、ここまでずっと「煉獄さん」呼びで統一しました。頼もしい先輩ポジ&高い実力&尊敬できる人柄と三拍子揃っているし、そもそも主人公の炭治郎が煉獄さん呼びなので、ついさん付けしてしまうんですよね。

昨年末に初めて無限列車編を観たせいで、年末はMステや紅白をかぶりつきで視聴してしまいました。特に印象的だったのは、Mステでの『炎』のステージ演出でしょうか。炭治郎と煉獄さんの無意識領域をドッキングしたっぽい床に、玖ノ型・煉獄を彷彿とする炎エフェクトが反射して映り込む……もう圧巻の一言でした。炭治郎の心に炎が燃え移り未来へと向かうような演出だなーと感じ、LiSAさんの歌唱を聴きながら思わず感動してしまいました。

やや脱線しましたが、好きな場面の感想をひたすらに書けてスッキリしました。「無限列車編」は長い物語の1エピソードとは思えないくらいにまとまりがよく、初見の人にもわかりやすい上に広く共感を呼ぶストーリー内容だなーとつくづく思います。キーパーソンとなる煉獄さんのキャラクター造形についてもだいたい同じ感想です。無限列車編の良さや煉獄さんと炭治郎の関係については、もうちょっとマジメな感想記事をアップできたらいいなと思っています。

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かーめるん
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