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『神林家殺人事件』 屍を積み上げた異常者が得る自由と孤独 隠しエンド 感想&考察 ※ネタバレ注意

2021/05/30
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名門一族を襲った惨劇の「真相」を探求する推理ゲーム、『神林家殺人事件』(以下『神林家』)の隠しエンド(エンド0)に関する感想&考察記事です。攻略情報とネタバレを含みます。制作者は鳥籠様。作品のダウンロードページ(ふりーむ!)はこちらです。 → 作品ページ

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神林家殺人事件

この記事は、『神林家』の隠しエンド(エンド0)と犯人の「クリエイター」について感想と考察を書いたものです。色々と考えたくなる結末&犯人だったので、ピンポイントなテーマにしてはそこそこ長い記事になりました。

最初にことわっておくと、最初から最後までネタバレまみれの記事です(そもそも隠しエンドの存在が記事タイトルで分かること自体ネタバレかもしれません、すみませんそこは許してください)。隠しエンドの内容はもちろんのこと、再現ゲーム本編のストーリーや犯人、キャラクターの設定や秘密などにもガッツリと言及しています。

もしまだプレイしていないという方がいらっしゃったら、記事を読む前にぜひ一度『神林家』を遊んでみてください。ジェットコースターばりに急展開する物語に翻弄され、提示される「真相」に盛り上がり、最後にどんでん返しを食らって唖然し……と濃い体験が味わえると思います。

≪関連記事:『神林家殺人事件』 「ノンフィクション」推理ADV 感想&レビュー&攻略 ※ネタバレ注意

『神林家』の構造とエンド0の解放条件

※のっけからゲームの核心とも言えるエンド0の攻略情報を書いています。ネタバレにご注意ください。

『神林家殺人事件』の三層構造を図解する furige tabi com min

前提として、『神林家殺人事件』(以下『神林家』)は、「数年前に発生した惨劇の真相を伝える目的で生存者が制作した再現ゲーム」です。そして、まえがきで語られるこの説明が単なる演出ではない(つまり、リアリティーや臨場感を持たせるために再現ゲームの体裁をとっているわけではない)点こそ、このゲームの最大のミソだと言えます。

どういうことかと言えば、私たちが遊んだ『神林家』は、第一に「作中世界」に存在するフリーゲームなのです。より正確に言うなら、制作者こと「鳥籠」は制作者様とイコールではなく、作中世界に生きる何者かである。かつ、悠&玲於奈が神林家を訪れたところからエンド1~エンド25に至るまでの物語は、その「鳥籠」を名乗るキャラがフリゲの形式をとって公開したものである……ということです。

要するに、『神林家』は【再現ゲームという体裁のゲーム】→(私たち現実世界のプレイヤー】という構図のゲームではありません。再現ゲームと現実世界の間に、もう1つ「作中世界」が設けられているのです。つまり、【鳥籠制作の再現ゲーム】→【悠たち作中世界のプレイヤー】→【私たち現実世界のプレイヤー】という三層構造になっています(参考:上の画像)。

エンド1を見ただけでは、私たちプレイヤーは上記の第2層(作中世界)にアクセスすることができません。では、再現ゲーム世界から抜け出すために何をすればよいのか。以前の記事でも書きましたが、エンド1でクリエイターとして亡くなった神林佐紀の言葉、すなわち「ゲームを終えたその時に、現実のゲームが幕を開ける」が最大のヒントです。

上記のヒントを実践するには、エンド1を見た後、タイトル画面で「ゲームを終える」を選べばOK。これによってプレイヤーは再現ゲームから1つ上の層へ、つまり神林家の惨劇から生還した後の悠と玲於奈がいる第2層・作中世界へと浮上することができます。

エンド0の内容とクリエイターの正体について

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神林家殺人事件

「現実のゲーム」(作中世界の物語)は、再現ゲームで主人公役を割り振られていた悠の叫びからスタートします。たしかにこのゲームは事件を細部まで再現しているが、地の文に虚偽の記載がある。何のための嘘か。全ての情報が作中で示されていない。そもそもなぜ自分が主人公なのか。このゲームは解決なんかしていない、謎だらけだ……悠はそう憤ります。

インターネット上に公開された再現ゲームを見つけて悠にプレイを勧めたのは、神林家の事件を調べていた江崎玲於奈でした。「ある人と会う約束をしている」と打ち明けた上で、玲於奈は告げます。「事件の真相が分かったかもしれないの」、と。

はたして待ち合わせの場所に現れたのは、再現ゲームの作者である「鳥籠」でした。落ち着き払った彼女に、再現ゲームと現実の相違点、そして改変の理由を的確につきつける玲於奈。ゲームをプレイした玲於奈は、制作者が自身の秘密――実は女装した男性である――を把握していることに気づき、数年越しに事件の真相を見出したのです。

制作者・鳥籠こと真犯人・クリエイターの正体は、事件当日に唯一玲於奈の女装を見抜いた人物、すなわち当時7歳の少女だった「神林指子」をおいて他にない……と。

このエンド0、初見では終始ドキドキが半端なかったです。順を追って書いていくと、やっぱり現実の事件との食い違いを玲於奈がとうとうと述べるくだりに興奮しました。関屋さんの強い訛りと彼女の発言が神林邸の所在地を示す重要なヒントだったこと。それによって事件当日の環境が決定的に変化すること。その変化をごまかすために細かな改変が加えられていたこと。

ここまで淡々と語り上げたタイミングで「クリエイターの正体は指子である」と指摘が入ったときは、一瞬頭が真っ白になった後、興奮とショックと畏怖のあまり「マジか!」と(心中で)叫びました。たしかに行方不明になった女の子はどこ行ったんって思ってたけど! 「これで良かったのよね?」とか「あの子の言うことになら何でも従った」って発言も引っかかってたけど! ……と(心中で)バタバタしきりでした。

非道なクリエイターに嫌悪感が湧かなかった4つの理由

神林家殺人事件 スクショ 神林指子の心の中には誰も住んでいない

神林家殺人事件

クリエイターの正体が指子だったことについては、正直なところ大いに納得しました。本性をある程度隠していた本編の時点で、天才児の指子は底知れない不穏な雰囲気を漂わせていたので。少なくとも、ごく普通の高校生っぽかった佐紀があの事件の犯人だった、という結末よりははるかに説得力がありました。

2周目で気づきましたが、指子の瞳の色は発言内容に合わせて変化するようです。普段は褐色っぽい色合いですが、意味深な発言をするときだけ彩度が上がってはっきりと赤い色になります。瞳の色が数秒単位で変化するとは考えにくいので、これは発言内容と併せて彼女の本性を匂わせる演出なのかもしれません。

肉親や無関係の人の命を大量に奪った指子。誤解を恐れず言うなら、彼女は生来の異常者であり邪悪な存在だと思います。愛情をもって自分を生み育んでくれた家族の命を奪い、その遺体を冷酷に切り刻んで燃やし、挙句の果てに凶行の責任を姉一人にかぶせてのうのうと生きのびたわけなので。

心身の尊厳を徹底的にもてあそばれた神林家の人々や客人、そして幽閉された末に命を奪われ遺体を利用された7歳のクラスメイトのことを思えば、指子を異常者と呼ぶことをためらってはいけないと思います。平凡な幸福を享受していた他者を自分の利益のためだけに利用し踏みにじる様は、まさに吐き気を催す邪悪としか言いようがありません。

そういった認識を示した上で書きますが、私は指子というキャラクター自体にはさほど嫌悪感を持っていません。もちろん、佐紀姉様に対するリアルと再現ゲーム双方での扱いや、顔さえ明かされないクラスメイトに対する行い(クラスメイトの遺体の上にだけ教育基本法の文言を乗せる演出、控えめに言って鬼畜の極み)については、マジでおぞましいしド外道だな~とは思います。

しかし不思議と、エンド0を見た後の私は指子に対して不快感や嫌悪感を抱いてはいませんでした。むしろ「エンド0 虚無への供物」というエンドタイトルが青空に浮かぶ頃に去来したのは、(驚くことに)憐れみめいた感情だった気がします。それってどうしてだろう……と考えることが、この記事を書くトリガーになりました。

非道な所業を繰り広げた指子にさして嫌悪感が湧かなかった理由。第一に思い浮かぶのは、「その言動にイキった感じや同情を乞う感じがないから」でしょうか。

客観的に見れば、彼女はやりたいことをすべてやり通し、主人公たちの行動も操り、社会的な制裁を何ら受けることなく勝ち逃げするキャラです。ただ、鼻高々になって自らの戦果を勝ち誇るとか、仕方がない事情があったんです~本当はやりたくなかったんです~と憐れみを誘うとか、そういった態度はとりません。

やりたかった、そして思想的にやらずにいられなかったからやっただけであって、それを他者に誇るつもりはない。自分の行いを誰かにフォローしてもらうつもりもない。自分の思想を譲る気はさらさらないが、他者に理解してもらおうとはたぶん端から思っていない。そんな恬淡かつ超然とした態度が、強烈な嫌悪感を呼び起こさない1つの理由かもしれません。もはや「こういうキャラなんやな」で済ますほかないというか。

第二に、事件から数年経った現在もなお、指子が悲しみや虚しさを抱えて生きているだろうことも不快感が薄まる理由の1つでした。

もしあれだけマサクゥル!しておいて現状ハッピーに生きているならば、おそらく嫌悪感も相応に湧いただろうと思います。ただ、エンド0の指子は現状の自由を謳歌してはいても、満足や幸福を感じたりしているようには見えませんでした。それもそのはずというか、そもそも彼女の語る思想に基づけば、指子は命ある限り自身の業たる虚しさから逃れることはできません。だから、去って行く彼女をほんのりと哀れにさえ思ったのかもしれません。

ここで指子の思想について確認すると、そのエッセンスは「生死の去来するは 棚頭の傀儡たり」という『花鏡』からの引用に凝縮されています(ふりーむ!の概要欄トップにも記載あり)。続く「一線断ゆる時 落々磊々」と併せて、「いったん死が訪れればすべてが崩れ去り無に帰してしまう」……という内容の警句になります。

再現ゲームの製作者である指子は、エンド0で「ゲームが嫌い」と言い放ちます。彼女にとってあらゆる娯楽は、刹那の快楽をもたらすだけの虚しいものに過ぎないからです(そのせいか、「登場人物紹介」では指子のみ趣味が記載されていない)。

人生とは「死ぬまでの暇つぶし」。いずれその価値と共に失われる生命は根本的に虚無をはらんでおり、生きることは無意味で虚しいこと。だから肉体を捨て去って情報のみの存在になることを欲した。有限な時間の牢獄の中で確かな「現実」を作りたかった……そのように彼女は語ります。そして、その挑戦のために彼女が捧げた「虚無への供物」こそ、肉親を含む13の無辜の生命だったわけです。

しがらみのない新たな自分を創り出したクリエイターこと指子は、現在はきっと「自由」を享受しているのだろうと思います。ただ、彼女はいまだに生身の人として、肉体という鳥籠に囚われて生きています。つまり、生きることに対する虚しさを抱えているし、いずれは訪れる死を心底恐れてもいるはずです。

その脳味噌のまま生きる限り、あれだけの非道を働いてもなお、生来の業(無意味な生)からはこの先も逃れ得ない……エンド0の指子にはそういった雰囲気を感じました。ある意味で生き続けることこそ何よりの罰になるんじゃないかとも思ったので、彼女に強い嫌悪を抱くことができませんでした。

第三に、上で言う「自由」とも関連する話ですが、かつて「神林指子」だった彼女がエンド0において完全なる孤独へと落ち込んでいったことも彼女を嫌いになれない理由の1つです。

虚無への供物を捧げて「神林指子」ではなくなった少女が手にしたもの。それはおそらく、自由(他者に縛られないこと)と孤独(他者との繋がりを有さないこと)だろうと私は感じました。

つまり、この先どこへでも行けるけれども、その羽根を休める場所は見つからない……「エンド0 虚無への供物」というエンドタイトルの背景、あの冴え冴えと青く広くて心許ない気持ちになる空を眺めていて、指子の今後にそういう感想を抱きました。

指子が手にした「自由」の根幹にあるものは、彼女がもはや「神林指子」ではないという事実です。これは単に名前や姿形を変えたという話に留まりません。指子自身も語る通り、自分というものを定義するのは自分自身ではなく、常に周囲にいる他人です。つまり、指子を「神林指子」たらしめていたのは彼女自身ではなく、彼女を「指子」「サッちゃん」と呼んで大切に育てていた神林家の人々だったということになります。

指子はそんな彼らの命を根こそぎ奪い、自らも社会的に亡者となる道を選びました。指子という異常者にとって、家族もまた自身を阻む障害でしかなかったからです。そしてあの惨劇を完遂した時点で、指子を縛っていたしがらみや血の通った紐帯は断たれ、同時に「神林指子」であった少女もまたこの世界からほぼ消え去ったのだろうと思います。

それだけ徹底した犯行を行い姿をくらませた指子ですが、彼女は再現ゲームにあえて真相解明への糸口を残しました。玲於奈たちが制作者の正体を見抜き、自分に会いに来てくれることを望んだからです。

なぜ指子はそんな危うい真似をしたのか、と考えたとき、彼女にひとかけら残った感傷がそうさせたのではないかと私は思いました。もうどこにもいない「神林指子」という存在、亡き者となった7歳の少女を覚えている玲於奈たちと、“最後に”話をしたかったのではないか……と。

もちろん、指子は自分の行いをひとつも悔いていないし、「神林指子」に戻りたいとも毛頭思っていないはずです。ただ、おそらく「神林指子」だった頃の自分に対して、ほんの少しだけ感情の動く余地があった。だから玲於奈たちと会って「神林指子」について洗いざらい打ち明け、同時に彼女らとキッパリ決別することによって、「神林指子」という存在に完全に蹴りをつけようとしたのではないでしょうか。

このあたりは妄想でしかないですが、玲於奈達との再会に際して、あの指子が安易な理解や憐憫や同情を求めるはずはないと思うんですよね。そうではなくて、「ゲームは完成した」*1と告げる彼女の目的は、数年前に捧げた供物をより完全なものへと置き換えることだった。つまり、たった一本かすかに残っていたしがらみをも断ち切り、完全なる自由を得る代わりに、完全なる孤独へと自ら足を踏み入れることだったんじゃないかなーと思いました。

指子本人は寂しさを感じたことがないと語っているので、たぶんどれほどの孤独に置かれても意に介さず、何者でもない自分であり続けるのだろうと思います。ただ、完全なるパンピー感覚ですが、「自分のことを知っている人が世界中探しても誰もいないってつらそうだな」と指子の現状をメリバっぽくも感じてしまいました。

第二・第三の理由を簡潔にまとめると、「指子はある種の報いを受けている」という結論が出てくるのでしょうか。「人間生きたもん勝ち」的な思想に基づけば、指子の結末は「勝ち逃げ」です。ただ、指子当人の考え方に拠るなら、内実はまるで異なるんじゃないかなーと思えてくるのが絶妙だと思います。

*1「ゲームは完成した」という発言自体は、神林家の完全なる滅亡を示唆しているのだろうと思います。玲於奈達と決別することによって、神林家唯一の生き残りだった「神林指子」の痕跡をこの世から跡形もなく抹消する。そのとき、鳥籠(=さしこ)が手掛けた「神林家(の全員に対する)殺人事件」は数年越しに完成する……みたいな意味合いだったのかな、と。

最後に、指子にさしたる嫌悪感が湧かなかった第四の理由は、指子と対峙した玲於奈たちが彼女を肯定しなかったからです。玲於奈と悠は身勝手な理由で多くの命を奪った指子と距離を縮めようとはしません。彼女に興味は持てど、その所業については否定し続けます。

一般に理解しがたい動機をもって常軌を逸する大罪を犯したキャラαがいるとして、そのαの扱いに関して最も注意すべきなのは、αに近しい人間たちの反応をどう描くかなんじゃないかと個人的には思います。

私が安心して指子と玲於奈たちのやりとりを眺められたのは、玲於奈と悠が終始指子(の所業と思想)を否定してくれたからです。もし2人が少しでも「指子ちゃんにも抜き差しならぬ事情があったのね」みたいなムーヴをしたら、たぶんバチバチに萎えていたと思います。指子本人への嫌悪感ももしかすると抱いてしまったかもしれません。

もちろん個々の背景によっても異なりますが、生まれついての異常者キャラって周りの人間に安易に肯定されてはいけないと思うんですよね。因果応報以前に、甚大な被害をもたらしておいて周囲に簡単に受け入れられてしまうと、キャラの個性(理解されがたい異常性)は死ぬわプレイヤーの共感を得にくいわで良い結果が生まれない気がするからです。

あくまで私個人の意見ですが、指子のような生来の異常性を抱えたキャラクターは、大多数の理解を得られない状況下で孤高に自分を貫いてこそ、その魅力が際立つんじゃないかなーと思います。

クリエイターを「異常者」と呼ぶ理由

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神林家殺人事件

ところで、さっきから「指子は異常者だ」と何度も書いています。「異常者」ってけっこうドギツイ言葉だよな~と思いながらも、あえてそういう言葉を用いています。

それは、彼女が単に大量殺人鬼であるからではありません。平穏な生を享受しようと思えばできる環境にあるのに、自身の常軌を逸した欲求を抑えようとせず解き放ち、その結果周囲の人間の生命と幸福を踏みにじることになろうとも一顧だにしない人間だからです。

指子はいずれ朽ちる肉体という鳥籠に閉じ込められた人の生を虚しく思っていました。それが指子にとっての不自由でした。しかし、この世に不自由でない存在などいるものでしょうか。誰しも大なり小なりの不自由を抱えていて、時には色々なものを諦めつつ、充足や幸福や居場所をなんとか見つけて生きています。命と時間に限りのある人間にとって、それが「普通」のことだと私は思います。

しかし、天才児の指子はその「普通」に甘んじることをしませんでした。一人の人として、神林指子としての不自由を抱えながら生きるのではなく、不自由な生に挑戦するために他者の命を犠牲にすることを選択しました。

抜き差しならない状況に背を押されたわけでもないのに自らの意思でそういった選択をするというのは、業の深い話だと個人的には思います。というのも、生きることの虚しさを解決する最も簡単な方法を賢い指子はわかっていたはずだからです。

耐えがたい虚無の生からの解放を願うのならば、指子はただ自分で自分を終わらせばよかったのです。「虚無に挑戦する」と大上段に振りかぶって13人もの人間の命を奪うよりも、生を虚しく感じる自分1人のよく回る脳味噌を終わらせた方が、はるかに合理的かつ平和的な結果が得られたはずです。

それにもかかわらず、指子は13人の命を供物にする道を選択し、現在も限りある虚しい生を送っています。脳だけの存在にシフトする方法を探るという目的のためかもしれません。ただ、結局指子は誰よりも鋭敏に死に対する恐怖を覚えていて、それゆえに生にしがみついた人間なんじゃないかとも感じます(事件から数年経った現在の彼女は、もしかするとそんな自分の矛盾を認識しているのかもしれません)。

死にたくなかった。でも「神林指子」のままでいることも我慢ならなかった。だから13人の人間を自分の思想の生贄にした。「そうしない道も選べたのに、ほとんど本能的な欲求によってそれを選択した」という点に着目したとき、私は指子を「異常者」と形容しなければならないと感じました(あくまで個人的な感覚ですが)。

惨劇を計画して実行に移したあの夜に、指子は13の命と一緒に自身の人間性をも虚無に捧げてしまおうとしたんじゃないかなーと思わなくもありません(実際あの夜を境に「神林指子」は消えてしまったし)。もともと彼女は高次の存在を目指していたわけだし、近しい人を余さず葬ることで、ある意味「人間をやめようとした」のかな、とも。

ただやっぱり今も彼女は生身の人間です。数年前より身長も伸びているし、「もう時間」と話を切り上げる程度には時間に縛られてもいます。あのラディカルな思想を保持する限り、生きて思考するヒトである彼女は鳥籠から解放されることがありません。かといってあれだけの惨事を引き起こした後でさらっと転向することもないだろうし、つくづく業深いキャラだなーという印象です。最終的に指子はどこへ向かうんだろう……と青空を見上げながら思ってしまいました。

先ほども述べた通り、私は指子に特段の嫌悪感や不快感を抱いていません。考えの一貫性には惹かれるものがあるし、当人に対する周囲の反応も偏ったものではないし、思想と擦り合わせればまんまと逃げおおせる最後にも一定の応報性がある。ゆえに、異常性を持つ天才として魅力のあるキャラクターだったと思います。

クリエイターと三人の女たち

最後に、クリエイターこと神林指子の関係者について考えてみたいと思います。具体的には、「神林和」・「神林佐紀」・「江崎玲於奈」*2の3人をフィーチャーしました。母、姉、赤の他人。指子に対する属性がそれぞれ異なる3人ですが、彼女たちとの関係性を掘り下げることで、指子のキャラクターがさらに際立ってくるんじゃないかなーと思います。

*2「三人の女たち」とは書いたものの、玲於奈先輩は自分のことをどう認識しているのでしょうか。見た目・口調・反応は女性そのものですが、当人は自分を「女装が趣味の男性」だと表現しているんですよね。つまり意識は男性なのかなーとは思うのですが、個人的に「玲於奈先輩のヒロイン力半端ねえ~」と強く感じているので、この項目ではあえて一括りにさせてもらいました。

神林和――鳥籠の生を与えた母親

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神林家殺人事件

クリエイターとの関係にスポットを当ててみたい女性キャラその1は、クリエイターの実の母親である「神林和(かんばやし なごみ)」です。

和は神林家の嫡男・武丸の妻であり、たおやかで楚々とした佇まいが印象に残る黒髪美人です。設定によると日本画家でもあるそう(だから和服を着ているのでしょうか)。控えめでおっとりとした人物であり(そのためか家政婦の関屋さんには暗い性格だと思われている)、夫である武丸とは愛情ある良好な夫婦関係を築いているようです。

本編での活躍を振り返ると、彼女と初めて会う場所は厨房です。夫が主催するオフ会の晩餐会のために、料理上手な和は自ら腕を振るっていました。その後の晩餐会では早めに退出。そして、直後に実の娘であるクリエイターによって命を奪われています。

和(というより和の遺体)はクリエイターによる犯罪計画のキーストーン的存在でした。遺体の首だけでなく腕も切り取られて双子の入れ替えトリックに利用されるなど、冷酷なクリエイターによってさんざんに尊厳を踏みにじられた人物だと言えるかもしれません。

実際にプレイした際の感想ですが、最初に「クリエイター=指子」だと知ったとき、「母親の和にとってそんな酷い話ってある?」と心底思ったんですよね。実の娘によって命を奪われたこともそうですが、何より残酷だと感じたのは、指子が同い年のクラスメイトをも手にかけていた事実でした。

本編で関屋さんに話を聞くと分かりますが、和は指子のクラスメイトの女の子が行方不明になったことに心を痛め、指子に「表に出ないように」と言いつけていたそうです。見つからない女の子への心配、その子の保護者への同情、何より娘である指子を守りたいという思いを抱えての行動でしょう。

ただ実際のところ、その行方不明の女の子は他ならない指子によってかどわかされ、神林家の地下室に幽閉されていました。和がいなくなった女の子の身を案じていたそのとき、まだ7歳のその子は和が暮らす屋敷の地下にある薄暗い空間にひとり閉じ込められていたわけです。

こうして書き出すと、指子の犯した諸々の中でもクラスメイトの拉致監禁はぶっちぎりで鬼畜の所業だなーとあらためて思います。なんというか、マジで人の心が無い。えげつないしどこを向いても救いがない。何日も監禁され挙句に身代わりの遺体として利用された女の子も可哀想なら、女の子の無事を祈っていただろう家族も気の毒だし、「指子も誰かにさらわれるのでは」と真剣に案じていただろう和も哀れでなりません。

「○○ちゃんがまだ見つからないの。今は危ないから表に出て遊んじゃダメよ」といったことを和に言われたとき、指子はいったい何を思ったんだろう……とつい考えてしまいます。もちろん何も感じなかったんだろうとは思います(感じるだけの心があればあんな計画を実行はしない)が、この件に関しては、他者の思いやら尊厳やらを全方位踏みにじっていく指子のスタイルに若干の憤りを覚えざるを得ませんでした。

ただ、そこでふと思ったことがあります。「指子って母親の和に対してとりわけ残虐非道だけど、もしかして狙ってやったのかな?」ということです。クラスメイトの件に関してピエロ的な言動をする羽目になったのもそうだし、自分の遺体を神林家滅亡計画の要として大いに利用されたのもそう。もちろん他の神林家の人も酷い目に遭わされていますが、和は娘への愛情も武丸と築いた幸福な家庭も死者の尊厳も、ありとあらゆるものを指子によって蹂躙されているような気がしました。

上の疑念が強まったのは、エンド0での去り際に指子が和の話題を出したときでした。どうしてハンドルネームを「鳥籠」にしたのかと問われた指子は、母が生まれた茨城の一部地域で鳥籠は「さしこ」と呼ばれる、と端的に答えます。

最後の最後明かされた事実にそうだったのかと驚きつつ、和があれだけ悲惨な目に遭ったのはやっぱり指子が意図してそうしたんじゃないかなーと私は感じました。なんといっても、「神林指子と呼ばれた少女はもうどこにもいない」からの「私を指子(さしこ=鳥籠)と名付けたのは母親の和」(意訳)です。一世一代の計画に用いるハンネをわざわざ「鳥籠」にしたことから、少なくとも母親に対して無関心だったわけではなく、むしろ(何よりも破壊すべき対象として)意識しつつ和を計画の要に据えたんじゃないかと思いました。

そして、なぜ指子が母親の和を念入りに踏みにじったのかと言えば、彼女が指子を鳥籠に捕らえた存在だからではないかと私は思います。彼女は「神林指子」をこの世に生み出した張本人です。つまり、指子に神林家の血と虚しい生を与えた上で、わざわざ鳥籠を意味する「さしこ」という名前を付けた人物でした。

ある意味で最も神林指子を神林指子たらしめていた存在だったからこそ、今までの自分としがらみを破壊するにあたって、指子は母親の和を徹底的に破壊しに行ったんだろうなーと想像しました。たぶん怨恨や憎悪を抱いてというよりは、「神林指子を無に帰すのならば優先的かつ完全に壊さなければならない人物だ」と理屈を立てて犯行に臨んだんじゃないかな、と。

まとめると、神林和は意図せずに神林家滅亡の元凶を生み、その理不尽な因果によってすべてを奪われた女性といった印象です。つまりは可哀想なお母さん。

もっとも、和が貧しい農家の出身だったせいか、武丸と彼女の結婚は神林家の人間にはあまり喜ばれない出来事だったらしいんですよね。2人の長子である佐紀が将来を縛られ、末娘の指子が神林家を滅ぼしたことを思うと、神林家の人間の危惧は最悪の形で当たっちゃったのかな~言ってみれば無茶な結婚をしたがゆえの因果応報なのかな~でもそういう考え方ってマジサイテーだよな~と悶々と考えてしまいました。

願わくは指子に襲われたときに何かを感じる間もなく絶命していてほしい……と思ったものの、本編を見返すと和(=最初は佐紀と目されていた遺体)は腹部を刺されたことが原因で亡くなっています。お腹を刺されたとなればすぐには絶命できないだろうし、たぶん指子は和を屈ませて正面からグサッとやったんだろうし、やっぱり救いがなさすぎる……と思わざるを得ませんでした。

神林佐紀――破壊の意志に取りこまれた姉

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神林家殺人事件

続いて注目したいクリエイターの関係者は、クリエイターの姉である「神林佐紀」です。武丸と和の長女であり、双子の妹の佑紀と瓜二つの容姿をしています。

再現ゲームの本編では、母と双子の妹の遺体を利用しひそかに生存。最後は「犯人」として音楽室で待ち受け、悠と玲於奈を前に持論を展開した後、炎に包まれる神林家と運命を共にしました。

しかし実際のところ、佐紀は「犯人役」を割り振られた犠牲者の1人だったと言えます。晩餐会から退出してすぐに襲われた佐紀はずっと地下の隠し部屋で眠らされていました。その後、犯行計画が後半に差し掛かった段階で起こされた佐紀は、「犯人だと自白して死になさい」と命令を下されたのです。

神林佐紀は、再現ゲーム本編中、エンド1、エンド0、2周目……とフェイズが移り変わる中でころころと印象の変わったキャラクターです。最終的に抱いた感想は「可哀想すぎて何も言えねえ」であり、その役割を一言で表現するなら、「平凡であるがゆえに妹の天才性を畏怖し、ほのかな破壊願望ゆえに妹の破壊の意志に圧倒された悲劇の姉」なのかなーと思いました。

まず佐紀は、「どうしてやってもいない罪をかぶった上で自害しろなんて命令に従ったの?」という疑問が出てきてもおかしくないキャラクターだと思います。高校生の姉が10歳も年下の小学2年生の妹の言うことをほいほい聞いて、犯罪者の汚名を着てそのまま命を断つ……なんてフツーに考えればまずあり得ない話です。

しかし「佐紀はただ指子に従っただけだった」と明かされたとき、私は不思議と「なるほど」と納得してしまいました。というより、「やっぱり」と思いさえしました。それは第一に、エンド0で指子の異常性が余すところなく語られたからです。そして第二に、偽りのエンド1において明かされた佐紀のバックグラウンドが、彼女の不可解にも思える行動の理由をしっかりと説明してくれていることに気づいたからでした。

佐紀はエンド1で、一応の動機として自身の背景を語ります。双子の佑紀と共に生まれた彼女は、ほんのわずかな差によって神林家の長子としての立場を得ました。彼女に課せられたのは、莫大な財産と神林邸の継承、および同じ資産家の息子との婚姻。名家の長女として生まれたがために、佐紀の人生の道筋ははるか先の方まで決定されていたわけです。

佐紀の縁談話は彼女がまだ幼い頃にまとめられたそうです。佐紀いわく、「お父様の結婚に関して、いろいろあったらしいから、私の時は早くから決められていた」とのこと。

前のレビュー記事でも書きましたが、このさり気ない説明にはかなりのインパクトを受けました。武丸と和の結婚に関して「いろいろあった」、だから佐紀の時は早いうちに資産家の息子を許婚として選んだ……という説明を単純に解釈すると、「武丸と和の結婚は神林家にとって本来望ましくないものだった」という実情が浮かび上がってくるからです。

本人も語る通り、和の生家は茨城の貧しい農家でした。一方の武丸は、由緒正しい名家を受け継ぐ長男です。和視点では一種の幸福なシンデレラストーリーとして語られていた2人の結婚は、神林家の人間にとっては、世が世なら身分違いの結婚として一蹴されるべき類いの縁談だったのかもしれません。

もちろん現代日本において、武丸と和は自分たちの意志を貫いて結婚しました。ただ皮肉なのは、2人の幸福な結婚によって娘である佐紀の将来が制約されてしまったことです。武丸と和が自由恋愛をして夫婦になった結果、佐紀は自由に恋愛し結婚する機会を失った……と書くと、なんだか理不尽な話にも思えてきます(たぶん佐紀の許婚を決めたのは太郎や志乃やそれより上の世代の人だろうとは思います。武丸と和は無理を通して自分たちの結婚を認めてもらった手前、あまり強くは反対できなかったのかもしれません)。

佐紀は自分に課せられた制約について、「人は誰も生まれてくる時代と場所を選べない」とコメントしています。そして、だからこそ壊してみたかったのだ、と続けます。神林家を含めた自分を取り巻く世界全てを、そして自分自身をも破壊したかったのだ、と。

先述した通り佐紀は指子に犯人役を割り振られただけなので、上の動機に基づいて犯罪計画を実行したわけではありません。しかし、上の語りがまったくの台本だとは思えないんですよね。

おそらく佐紀は、たとえそれが諦め混じりのほのかなものであったとしても、「神林佐紀」と神林家に対する破壊願望を抱いていたんだろうと思います。だからこそ、新しい自分を生み出すために神林家を根こそぎ破壊せんとする妹・指子の意志に圧倒され、指子の指し示す方向へと突き動かされてしまった*3んじゃないかなーと感じました。

*3もっとも、指子による佐紀の掌握って強迫的でほとんど洗脳じみたものだったんじゃないかと思います。晩餐会の後に眠らされ、目覚めてみればそこは血みどろの地下室。目の前にはヤベー妹がいて、祖父や母親、双子の妹など家族の多くがすでに死んだこと(かつさらに犠牲者が増えること)を告げられる……ってマジで詰んでるなーと思わざるを得ません。SAN値を根こそぎ持っていかれそうなくらいに異常な体験です。

もともと天才児の指子を畏怖し崇拝していたことを加味すると、精神的に追い込まれた佐紀に逃げ場なんてなかったんじゃないかと思います。混乱と絶望の極みにあって「まだまだ壊すから。あとお前は最後に自害しろよ」と命じられたのだとすれば、抵抗する気力さえ湧かなかったのは分からない話ではありません。胸糞悪い話ですが、「もうこうするしかない」と思考をガチガチに縛られてしまったのではないでしょうか。たとえ「何しとんねんこのアホ!」と指子を引っぱたいて制圧したとしても、神林家の破壊自体は完遂に近い状態にあり、佐紀が享受していた平穏な暮らしはもう戻ってこないわけだし。

佐紀のキャラクターについて考えたとき、自然と興味を引かれた発言が2つあります。「だからこそ、私は遊んでいたかった。時間の許す限り、ずっと、ゲームをしていたかった」という吐露と、「楽しいことだけをしていたい。生きることに意味がないのなら、楽しさだけを追求していれば良いじゃない」という告白です。

あえて対比的な言葉選びがなされているので一目瞭然ですが、上の佐紀の発言は、エンド0における指子の「私は(ゲームが)嫌い」という発言と真っ向から対立するものです。生の虚しさを憂えていた指子は、ゲームだけでなく映画や小説といった娯楽全般を「刹那の快楽」、「不確かな幻影」と見なして嫌っていました。

この娯楽、すなわち人生に束の間の楽しみを与えてくれるものに対する認識の違いこそ、平凡な人間・佐紀と天才異常者・指子を決定的に分けるものだと個人的には思います。

上でも述べた通り、指子は何不自由ない環境に生まれながら自分は生そのものに囚われていると考え、自身の思想と破壊欲求を成就させるために虐殺を犯した人間です。何らかの娯楽に慰めを求めて生きていく可能性を切り捨て、多くの人の命と天秤にかけてでも自分の思想を諦めず、自身を縛るしがらみを「神林指子」ごとぶち壊したのが彼女でした。

一方の佐紀は、指子と同じく人生に課せられた制約を意識しつつ生きてきた人間です。ただ、彼女は指子のような天才性も異常性も持ち合わせないごく平凡な女性でした。女優を夢見つつもそれを生業にすることは考えず、許婚との結婚も否定せずに受け入れていたことから、「神林佐紀」として何かを諦めて生きていくことの必要性を若い身空で悟っていた人だったんじゃないかと思います。

「だからこそ、私は遊んでいたかった。時間の許す限り、ずっと、ゲームをしていたかった」、「楽しいことだけをしていたい。生きることに意味がないのなら、楽しさだけを追求していれば良いじゃない」といった発言は、そんな佐紀の人生観が如実に反映されたものだと言えます。

たとえそれがままならない人生からの逃避に過ぎないとしても、佐紀は束の間の喜びに幸せを見出しつつ生きていくことができる人だったのではないでしょうか。たとえほのかな破壊願望を持っていたとしても、彼女は神林家を破壊するどころか、他人に敷かれた人生のレールを外れようとさえしなかったのではないでしょうか。

私が佐紀を一番可哀想だと思うポイントはまさにそこだったりします。諦めつつ前向きに生きていくことができただろう平凡平穏な子なのに、突如として世界の崩壊を見せつけられ、デストロイヤーとして強制的に盤面に引きずり出されてしまった悲劇

結局世間的には佐紀が犯人だと見なされているらしいし、動機も含めて好き勝手に語られるんだろうと思うとやるせない気持ちになります。指子に関してはクラスメイトに対する所業がぶっちぎりで鬼畜だと思いますが、佐紀姉様に対する処遇もたいがい非道だなーと感じます。

江崎玲於奈――似て非なる者

神林家殺人事件 スクショ 肯定せず問い続ける者 江崎玲於奈 考察

神林家殺人事件

最後にクリエイターとの関係性を考えてみたいキャラは、ヒロインである「江崎玲於奈」です。ここまでクリエイターの母、クリエイターの姉について考えましたが、玲於奈は言ってみればクリエイターにとって赤の他人。特段深い関係性はないようにも思われます。

しかし、玲於奈先輩の秘密が開示された後、「先輩と指子ってちょっと似てるけど対照的な2人だな」と感じるようになりました。というわけで、ここでさらっと触れてみたいと思います。

結論から書くと、玲於奈先輩と指子の共通点は、他者に理解されがたい思想・欲求・自己を抱えているがゆえに孤独である点だと思います。かつ、自分の置かれた環境に対してどのようなリアクションをとるか、また孤独をどのように克服するか(あるいは更なる孤独へと突き進むか)という点において、2人は異なる道を行ったような印象です。

指子の思想と求めるものに関しては何度も書いたので割愛するとして、玲於奈先輩の持つ他者に理解されがたい一面は、「女装を好む男性である」ということです。今でこそ女装についてカラッと茶化せるようになった先輩ですが、「悠に会うまでずっと深い孤独の中にいた」という旨の発言からは、自分のありようを周囲に理解してもらえず相当苦悩しただろうことがうかがえます。

他者に承認されがたいアイデンティティを抱えていて、不自由な思いをしている。理解者もなく孤独である。そういう風に表現すれば、指子と玲於奈は同じような境遇にあった2人であると言えそうです。

しかし、指子が他者を一切求めずに7歳にして世界の破壊に走った一方、先輩は孤独に耐えた末に悠という理解者を得て自分の居場所を見つけました。いくらか不自由な思いをしつつも倦むことなく、愛する人に孤独を癒やしてもらいながら生きていこうとする点で、先輩は尊敬すべき人である……ということは前回の記事でも書いたかと思います。そして、そんな玲於奈先輩と引き比べることで、指子の身勝手さ・非道さだったり開き直った孤独っぷりだったりが際立つようにも感じました。

エンド0において玲於奈先輩は指子に様々に問いかけますが、その中に非常に印象的なくだりがありました。以下に引用させていただきます。

指子:「(中略)娯楽なんて刹那の快楽。不確かな幻影。虚しいだけ。生きることの虚しさと、死への恐れを一時的に忘れさせ、自身の感覚を鈍化させるための麻酔薬に過ぎない。娯楽に限らず、楽しさを享受することはすべからく虚しさを伴う。今望んでいるものを手にして、何になるのか……それは夢、瞬間の出来事、泡のように消えてしまうつかの間の喜びでしかない。」
玲於奈:「それじゃダメなの? 束の間の喜びを感じながら、生きていくことの、何がいけないの?」

神林家殺人事件

このやりとりがなぜ印象に残ったかと言えば、玲於奈先輩に上のように反駁されたとき、指子は珍しく沈黙するからです。その後に反論することもなく話題を変える点も、他のポイントとは異なっていて自然と目に付きました。

これは主観でしかありませんが、7歳当時の指子なら、即座に玲於奈先輩に反論をかましていたんじゃないかと思うんですよね。ただ、現在の彼女は昔の自分を「幼かった私」と表現しています。だから、たとえそれが自分にとって我慢ならないものであっても、束の間の喜びに満足して生きていくことはけして誤った生き方ではないと今は理解しているのではないでしょうか。

時に不自由や閉塞感や退屈を覚えつつも、楽しみや喜びをどこかに見出しながら生きていく……それは、大多数の人間が実践する生き方だと思います。かつ、指子の平凡で優しい両親や姉たちもそういう風に生きていたはずです。指子が玲於奈先輩のストレートな問いかけに黙した理由は、そこにあるんじゃないかと個人的には思います。

玲於奈先輩の問いに指子が押し黙るシーン、無機質で合理的な指子の人間味のようなものが垣間見えた気がしてすごく好きなんですよね。ごく平凡な思想を突きつけられて、そういう風には考えられない自分の異常性やそういう生き方をしていた家族を壊してしまった罪をふと認識してしまったようにも見えるというか。指子に上の質問をぶつけるのが、生きることの不自由と孤独をよく知っている玲於奈先輩であることも対比としてたまらないものがあるなーと思います。

玲於奈先輩は数年経ったのちも神林家の事件を追い続け、最終的に亡者となった指子にたどりつきました。そして、最後の最後まで指子に問いかけ続けました。玲於奈先輩こそすべてを切り捨てんとした指子が最後に望んだ人物だったのかなーと思うと、赤の他人である2人にほんのりと運命的なものを感じずにはいられません。

*****

『左眼』のTIPSで読んだのですが、制作者様によれば、「以前作ったゲームで犯人が逮捕されずに終わったときに批判が来た」らしいんですよね。その批判が来たゲームの1つって、もしかするとこの『神林家』なんじゃないかと勝手に思っています。何度か書いた通り、指子は犯罪計画をやり遂げて罰を受けることも命を落とすこともなく、悠々と退場していく犯人なので。

ただ、上でも書いた通り、極論を言えば指子にとって「命あることが何よりの罰」なんじゃないかと感じます。罪人に対して「生きて償え」みたいなことを時々言いますが、人格的に償いなど微塵も考えないだろう指子にとっても、生き続けることが確実に苦しみの淵源になるわけです。狙ってこういう構図に落とし込んだのだとしたら、皮肉が効いていて本当にお見事だと思います。

指子は最終的に宿願を叶えられるのでしょうか。もし叶えるのだとしても、ワンランク上の存在になった彼女の姿を見たいという気持ちはあまり湧きません。どちらかと言えば、彼女にはエンド0後もできるだけ長く肉体の檻と虚しさに囚われていてほしいと思います。宿願成就を目指して悠々と、その実背後に迫るタイムリミット(寿命)を恐れながら独り飛び続ける……ちょっと意地悪ですが、そういう姿が映えるキャラだなーと感じるので。

※前回の記事:『神林家殺人事件』 「ノンフィクション」推理ADV 感想&レビュー&攻略 ※ネタバレ注意

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かーめるん
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