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ファンタビ3を観ました 感想&レビュー ※ネタバレ注意 【ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密】

2022/05/21
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魔法動物学者が主人公を務めるハリー・ポッターシリーズの外伝映画、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(ファンタビ3)の感想&レビュー記事です。脚本:J・K・ローリング、監督:デイビット・イェーツ。ネタバレが含まれます。

ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密 ファンタビ3 感想 furige tabi com Photo by Raimond Klavins on Unsplash

Photo by Raimond Klavins on Unsplash

近頃、小さい頃に読んでいたもの&遊んでいたものに再びハマることが不思議と多いです。ワンピしかり、ポケモンしかり。疲れた心が無意識のうちに癒しを求めているのでしょうか。

というわけで、久々にハリポタワールドに舞い戻って『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(吹き替え版)を観てきました(※初のファンタビ鑑賞)。新鮮な面白さあり、故郷に戻ったかのような懐かしさあり、心躍るファンタスティックな時間を過ごすことができました。鉄は熱いうちに打てということで、カジュアル~に感想を書こうと思います。

※あれこれ思い返しつつ書いていたら、けっこう長い記事になりました。約7割くらいはダンブルドア先生(とグリンデルバルド)に関する感想です。以下にはファンタビ3に関するネタバレがガッツリと含まれているため、未見の方はご注意ください。

ファンタビ3の内容をざっくりと振り返る

ファンタビ3 ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密 感想 Photo by Jessica Fadel on Unsplash

Photo by Jessica Fadel on Unsplash

この項目では、ファンタビ3の内容を最初から最後までざっくりと振り返り、流れに沿って簡単に感想を書きます。ネタバレが含まれます。

『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』は、ファンタビシリーズの3作目に当たるそうです。先にも書いた通り、私は今作で初めてファンタビに触れました。

前2作をスキップしていきなり観ちゃって大丈夫かな……とかなり心配だったものの、結論としてはほぼ問題はなかったです。もちろん、クイニーめっちゃ良い子っぽいのにどういう経緯で闇グループに??とか、ユスフ・カーマさんの妹って誰?どういう流れでお亡くなりに??とか、そういうシリーズ未見ゆえの疑問は湧いてきました。ただ、それらの疑問が解消されずとも(=前作の知識が無くとも)、今作のストーリーは十分に楽しめるものでした。

ファンタビ3のストーリーの見どころは、「麒麟をめぐる陰謀」と「ダンブルドアの秘密」の2つ。麒麟をめぐる陰謀、これは各陣営の動機と目的が明確であり、初見勢にもとっつきやすいテーマです。また、その合間に明かされゆくダンブルドア(一族)の秘密に関しても、ハリポタ原作既読勢(つまり私)に対する牽引力はバツグンだと感じました。ニュートとその仲間たちのことはよく知らなくても、ダンブルドア先生のことは知っているからです。

もっとも、序盤は状況説明が少ないままに進むので、さすがに「何が何やら」な状態続きでした。場面変わったけどこのパン屋は誰やねん、この黒人のお姉さんは何者や、いきなりチンピラ出てきたでオイ……的な具合に。

ただ、ちょっとモヤモヤが溜まってきたまさにそのあたりで、ユーラリー・ヒックス先生が「これまでのあらすじ」を颯爽と説明してくれるんですよね。それも実に親切かつ丁寧に。「なるほどそういう話だったのか~」とようやく安心できたというか、その後のストーリーにも再び集中することができました。結論:ヒックス先生・イズ・ゴッデス

序盤~中盤において、ニュートたちはダンブルドア主導のもとデコボコチームを結成し、うち数名はそれぞれの役割を秘めて各地に散ることになります。カメラが主に追うのはニュート&テセウス&ラリー&ジェイコブ。この4人は陸路でドイツに向かい、国際魔法使い連盟の上級大魔法使い(=リーダー)であるドイツの魔法大臣、アントン・フォーゲルに面会します。

フォーゲル氏は登場前にさらっとディスられていることからも分かる通り、裏でグリンデルバルドと結託している腐敗政治家です。ニュートは彼にダンブルドアからの伝言(“楽な道ではなく正しい道を選べ”)を伝えるものの、その甲斐もなく、フォーゲルはグリンデルバルドにかけられている嫌疑を否定。彼の指名手配を取り下げるのみならず、次の上級大魔法使いを選ぶ選挙にグリンデルバルドを立候補させると宣言してしまいます。

フォーゲルの演説を聴いたジェイコブは憤慨。しかし直後にテセウスがドイツ魔法省の役人に拿捕されたため、ニュートたちはその場からの退却を余儀なくされます。なんと、ドイツ魔法省は魔法大臣のフォーゲルからその配下の役人に至るまで、グリンデルバルドに取り込まれていたのです。

このドイツがグリンデルバルドに迎合しちゃう展開、申し訳ないですがちょっと笑いました。ドイツの扱いが悪くて。ああ、ドイツってこういう役回りなんや……と。熱狂する大衆に支持されつつ(あえて自らもみくちゃにされに行って厚い支持をアピりつつ)マグル排斥を訴えるグリンデルバルドさん、時代的にも何かを彷彿とさせます。たぶん意図しての演出なんだろうなーと感じました。

さて、フォーゲルによる衝撃的な宣言の後、ラリー&ジェイコブはグリンデルバルド一派による候補者の暗殺を防ぐべく晩餐会に潜入。他方、ニュートは捕まってしまった兄テセウスを救出するために、マンティコア(サソリ+カニっぽい魔法生物)の巣窟であるいわくつきの監獄へと単身突入します。この2つの潜入ミッションが間違いなく中盤の山場です。どちらも面白いシーンでした。

前者の暗殺阻止ミッションに関しては、「たぶんこの映画の中で一番演出とかCGが凝ってる場面だこれ~!」と感じてテンション上がりました。どのエンタメ映画にもありますよね、そういう「ここッ!」的な気合を感じるシーン(X-MEN:フューチャー&パストのクイックシルバーの活躍シーンみたいな)。

単純に絵面がファンタスティックでゴージャスなのもそうですが、「鉄壁」と称されるヒックス先生の実力がいかんなく発揮されていて最高にカッコよかったです(あと、ドレスアップしたヒックス先生超素敵)。修羅場からの離脱方法がラリー&ヒックスの初対面時をなぞっているのもイイですね。

また、後者の監獄脱出劇に関しては、状況こそスリル&サスペンスなのに雰囲気は終始ほのぼのコミカルで面白かったです。映画館でウケが良かったのは、やはりニュートの迫真の横歩きダンスでしょうか。「マンティコアの大群をやり過ごすために動きを真似て油断させる」というマジメな目的ゆえの行動ですが、本人の迫真っぷりと動きのキレが観客の笑いを誘っていた印象です。

さらに面白いのは、エリートハイスぺイケメンのお兄ちゃんもしぶしぶダンスに参加していたこと(関係ないですが、家族と感想を言い合ったとき、真っ先に意見が一致したポイントは「テセウスマジイケメン」でした)。

実は、監獄の奥深くには巨大なマンティコアの親玉が巣食っていて、ある条件を満たすと即座に襲い掛かってくる仕様です。いわば絶対に倒せないマップ兵器であるこの親玉は、哀れなモブ囚人の命をバンバン刈り取っていきます。ゆえに2人の兄弟は形振り構わず必死に踊りながら進むわけです。生きるか死ぬかの緊迫した状況ですが、真剣ニュートと嫌々テセウスのカニ歩き、観ているぶんには正直可愛くて和みました。

可愛いし和むと言えば、この監獄脱出シーンではニュートの連れている魔法動物たちが大活躍します。個人的に「可愛い~!」と思ったのは、光物が大好きなニフラー。ニュートのために頑張っているんだな、と思いきや実はキラキラ光るものを求めていただけで、でも結局それがスキャマンダー兄弟を絶対絶命の窮地から救う……という奇跡の展開でした。スローモーションでがめつくコインをつかみ取るシーンには、映画館でも笑いが起きていました。

この2つの潜入ミッション、どちらもダンブルドア先生が授けたお助けアイテムによって窮地を脱しているのが乙だと思います。導かれるようにして4人はホグワーツ城へ。流れ出すおなじみのBGMに、観客としても「久しぶりに帰ってきた~!」と懐かしさに感極まる場面でした。

合流シーンで面白いのは、ジェイコブにゴキブリ味のお菓子をプレゼントするスリザリンの生徒たちでしょうか。もう不意打ちで笑っちゃいました、スリザリン(の立ち位置)が相変わらずで。騙されたことに気づいて不機嫌になったジェイコブを見ながら、「あのマグル騙されてやんの~!」的なニヤニヤ顔。「っぱスリザリンはこうでないとな!」と謎の安心感が込み上げるシーンでした。

ホグワーツでの束の間の休息時に、くだんの選挙が行われる舞台がブータン王国の聖地であることが明かされます。グリンデルバルドの企みを阻止すべく、デコボコチームはすわ最終決戦の舞台へ。ここが予告CMでも流れていた、ニュートたちが1人1つトランクを手にとって旅立つシーンですね。

ブータン王国での最終決戦は、コミカルで騒々しい前半とシリアスで壮大な後半のコントラストが印象的でした。テセウス&ラリーはカッコいいし、ジェイコブ&クイニーは可愛いし、ユスフ・カーマさんは「知ってた」だし、バンティはいいとこ持っていくなぁ~ヒュ~!って感じ。ユスフ・カーマさん結局記憶は大丈夫なの、とかここまでさんざん妨害したのに階段駆け上っていくニュートを誰も止めないのはなぜ、とかツッコミどころはあるものの、最後まで目の離せない展開続きでした。この聖地でのクラマックス(仔麒麟とかクリーデンスとかアルバス&ゲラートとか)に関しては、下の方でもうちょっと詳しい感想を書きますね。

総評としては、「もう1回観たい」&「前2作も観たい」と思える映画でした。前半部分については、ちょっと間延びしているシーンや目的が見えず次への期待をしにくいシーンがチラホラありました。ただ、中盤以降のテンポと盛り上がりは良かったし、全体を通してみると内容はきちんと濃くて満足できるものでした。

個人的な収穫はやはり、ダンブルドア先生の心のうちを少しだけ垣間見られたことでしょうか。先生と彼の関係者によるシリアスなやりとり、あるいは幻想めいた精神的な交流が、ファンタスティックな冒険の合間合間に差し挟まれる構成が個人的には好きでした。ラストを締めるのが幸福のただ中にいるニュートたち若人ではなく、孤独を選んで歩き去るダンブルドア先生であることも印象に残ります(後述:「アルバス・ダンブルドアと孤独の宿命――ファンタビ3のラストが示すもの」)。次回作もぜひとも観なければ……と感じる内容でした。

あと、瞬間的に一番盛り上がったのは、若い頃のマクゴナガル先生がチラッと登場したときかもしれません。ダンブルドア先生の「ミネルバ」に「!!!??」となりました。マジでちょっとだけしか映らないけどめ~~っちゃカワイイ。可憐。アバーフォースにもきちんと挨拶をするところがマクゴナガル先生らしくてとっても好きです。

ただ、「ファンタビ当時ってまだマクゴナガル先生は生まれてないはずじゃ?」みたいな議論があるんですね。ダンブルドア先生とマクゴナガル先生ってそんなに年離れてたんだ……というかダンブルドア先生ってめっちゃ長生きだったんだな……と遅ればせながら衝撃を受けました。

麒麟(キリン)――今作の鍵を握る幻の動物

希少な魔法動物の麒麟を守る戦い ファンタビ3 ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密 感想 Photo by Raimond Klavins on Unsplash

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『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』の主題は、国際魔法使い連盟の次期リーダーの座をめぐる政争、およびドス黒い陰謀。裏工作、大衆扇動、要人拉致、暗殺未遂、魔法飛び交う市街戦……等、およそファンタスティックとは言い難いドロドロとしたストーリーが展開されます。そして、そんな殺伐とした物語の鍵を握る幻の動物こそ、中国の伝説上の神獣とされる「麒麟(キリン)」です。

「麒麟」と聞いた方はいったい何を思い浮かべるでしょうか。同名の動物でしょうか、それとも同名のお酒でしょうか。私の場合、冒頭に登場した魔法動物が麒麟だと分かった時点で、「十二国記に登場するやつ~!」とまっさきに思いました。ゆえに、中盤以降に麒麟を悪用した陰謀の内容が判明したときも、「マジで十二国記っぽい話になってきた~!」とワクワクせざるを得ませんでした。

そう、ファンタビ世界における麒麟は、「魂の善悪を見抜き、王たる資格を持つ人間の前で跪く」という習性を持つ非常に希少な魔法動物です。奇しくも国際魔法使い連盟の次の長が選出されんとする時期に、現存する成獣の麒麟は出産の時を迎え、運命の赤子を生み落とします。グリンデルバルド一派はこの赤子の麒麟を悪用し、次期リーダーの地位を我が物にせんと策動するわけです。

ファンタビ3の公式サイトを確認したところ、あらすじにも魔法動物の項目にも一切麒麟の情報は載っていませんでした。予告映像も一応チェックしましたが、麒麟の映っているカットはないようです(漏れがあったら申し訳ありません)。サイトトップにもその姿はなく、どちらかと言えばフェニックスが今作の目玉であるかのように宣伝されています(実際、不死鳥もクリーデンス関係で印象に残る登場をします)。

どうやら麒麟は今作のシークレット枠かつキー魔法動物だったと言えそうですが、その麒麟が本編で担った役割を鑑賞後に振り返ったとき、「(魔法)動物の生かし方が巧いな~」と心底思いました。というのも、冒頭で観客の注目をかっさらい、数の多い登場人物をわかりやすくカテゴライズし、聖地でのクライマックスを盛り上げ……と、麒麟は大いに存在感を示してくれたからです。以下、詳しく書いていきます。

まず、映画開始直後の重要シーンについて。映画冒頭、主人公ニュートは真夜中に山の奥深くへと分け入ります。彼の目的は、希少な魔法動物である麒麟の出産を見届けること。ニュートが固唾を呑んで見守る中、母麒麟は無事に元気な赤子を生み落とします。しかしほっとしたのもつかの間、グリンデルバルド一派が突如として現れ、母麒麟を襲撃。ニュートは赤ちゃん麒麟を守って逃げようとするも、猛攻を受けて川に墜落し、赤子を奪われてしまいます。

上記のシーン、「しょっぱなからハードすぎる……」と唖然とするほかありませんでした。というか、感動の出産からの赤ちゃん麒麟誘拐→母麒麟絶命という壮絶コンボを食らうとは思いもよらず、ショッキングすぎてフツーに泣きました。

仔麒麟(兄)も母麒麟もマジで可哀想すぎるんですよね。生後間もなく母から引き離され、雑に布袋に入れられて悲痛な声をあげながら拉致されていく赤ちゃん麒麟。我が子を奪われ自らも致命傷を負い、しかし双子の一方は無事だったと知らされ、スーッと一筋涙をこぼして事切れる母麒麟。つらすぎる。広義の動物ものでその展開はずるくてつらい。ニュートも始まって早々ビショビショのズタボロのヨレヨレで泣いているし、なんだってこんな酷いことを……と心底やりきれない思いでした。

そして、絶望はまだ終わりません。母麒麟が命を奪われて双子麒麟の一方がさらわれたとなれば、「きっと拉致された麒麟を取り戻して双子再会ハッピーエンドや!」と思ってしまうものではないでしょうか。少なくとも私はそう予想し、大丈夫だよね……?と思いながらグリンデルバルドと仔麒麟の対面シーンを観ていました。

ところが、連れ去られた仔麒麟はそれこそ序盤で無残にも命を奪われてしまいます。それも、「え、今コイツマジでやった? マジで? 嘘やろ?」と呆気にとられてしまうくらいにあっさりと(かつ、その後も仔麒麟の遺体は悪用され続けます)。

冒頭の母子麒麟襲撃シーンでは悲しみが先に立ちました。しかしこの仔麒麟が亡くなるシーンでは、ショックを受けた後にふつふつと怒りの感情が込み上げてきたことを覚えています。お母さんが必死の思いで生み落としたのに……生まれたばかりの赤ちゃんなのに……さんざん怖い思いをさせた上であっさりと命を奪うなんて……と。「コイツムカつく~!」ではなく「こいつだけは許さん……」系の義憤的な怒りですね。

以上の麒麟ハード展開により、私は映画開始後わずか10数分で「グリンデルバルド=吐き気を催す邪悪」、「たとえちょっといいヤツな面があっても俳優さんの演技が超上手くても悲しい過去があっても絶対に許さない」と思うに至りました。この感情の変遷、どうでしょうか。本作初見(かつファンタビ初見)の人間の反応としてはとても素直というか、おそらく制作陣が意図した通りの心の動きなんじゃないかなーと思います。

上記の展開、冒頭でガッツリショックを与えることで、観客の注目と関心をガッチリキャッチしている点が巧いな~という印象です。かつ、この「母子麒麟の死」という映画全体からすれば短いシーンによって、遺児麒麟のポジションを完全に確立し、各キャラクターの印象付けまで成功させてしまっている点もすごいなーと感じました。

どういうことかと言えば、この映画における麒麟は、「長命で賢く威厳があり近づきがたい神秘の生き物」ではありません。そういった印象を与え得るだろう成獣の母麒麟は、冒頭で早くも退場してしまうからです。

その代わりに遺された仔麒麟は、侵しがたい神秘性を持つ獣としてではなく、「幼くして母と死に別れた哀れな子供」かつ「異能ゆえに人間の都合に振り回されるか弱き生き物」として描かれます。つまり、クライマックスにおいてその異能(王たる人間を見出す)を発揮するまでは、仔麒麟は“客観的に見て”“あからさまに”「守護らねばならぬ存在」であるわけです。

だからこそ、上記のようなポジションの仔麒麟との関わりを通じて、登場人物の個性をわかりやすく描き出すことも可能になります。たとえば、麒麟の出産を手伝い、傷つきながらも赤子を守ろうとし、母子の死別に涙を流す主人公ニュートは紛れもない義の人です。ニュートとその仲間たち(「デコボコチーム」)は所属もスペックも様々ですが、団結して仔麒麟を守ろうとする点で善を行う人たちだと言えます。

一方、出産直後の母麒麟を打ちのめし、その赤子を無慈悲にも母から引き離すクリーデンスたちは、人倫にもとるザ・悪人だと言わざるを得ません。衰弱し怯え切った仔麒麟の命を容赦なく奪うグリンデルバルドさんは、言うまでもなくマン・オブ・邪悪です。

「麒麟との関わりによって各人の個性を際立たせる」という観点で眺めたとき、個人的に印象深かったのはジェイコブとアバーフォースです。

ジェイコブの場合、アバーフォースの店で食事をする際、仔麒麟を陽気にあやして大いに懐かれていました。彼の大らかさと人の好さを感じ取れる良シーンだと言えます。アバーフォースについても、人目のないときにこっそりと仔麒麟にミルクをやろうと試みていたシーンが印象的でした。あいにくと懐いてはもらえなかったものの、ぶっきらぼうで無愛想なアバーフォースが芯から冷たい人間ではないこと(かつ、たぶんシャイな一面を持っていること)をさりげなく示す、これまた良いシーンではないでしょうか。

麒麟がグリンデルバルドに突きつける真実

さて、先ほども書いた通り、グリンデルバルド一派が麒麟を狙ったのは国際魔法使い連盟の次期リーダーの座を得るためです。中盤までは「どうして麒麟の母子にあんなひどい真似を……?」と疑問でしたが、グリンデルバルドがドイツ魔法省を抱き込んで第三の候補者に躍り出たあたりで、そういうことかあ~と納得しました。

グリンデルバルドは、自ら命を奪った仔麒麟をゾンビとして復活させ、その仔を選挙での強力なアピールに利用しようとしていたのです。麒麟に膝を折らせた私こそが国際魔法使い連盟の次期リーダーにふさわしい人物である、と。なんともおぞましい自作自演であり、己の利益のために弱者を利用する様は邪悪と言うほかありません。

この他者を見下し搾取することしか考えない傲慢なグリンデルバルドの工作は、もっとも手痛い結果を彼にもたらすことになります。というのも、からくも生きのびて聖地までやってきた仔麒麟は、よりにもよってダンブルドアの前で跪いたからです。かつてグリンデルバルドに共鳴し、取り返しのつかない過ちを犯したと今作で告白したダンブルドア。麒麟は彼を、「善なる魂を持つ王たるにふさわしい人物である」と認めたわけです。

この展開、思わず笑っちゃうくらいによく出来ているなーと個人的には思いました。麒麟に選ばれたダンブルドア先生が狼狽しているのはもちろん、グリンデルバルドが明らかに動揺しているのも味わい深いポイントです。

グリンデルバルドの動揺を見た瞬間は、「自分に比肩する存在であるダンブルドア先生が、王たる資格を持つ人物だと公に示されちゃって悔しいのかな?」と思ったんですよね。あるいは、「ダンブルドアが何の小細工もなしに生ける麒麟に選ばれたから、死せる麒麟を跪かせた自分のことが恥ずかしくなったのかな?」とも。

ただ、直後の決闘シーンやその後の彼のセリフを聞くと、あの場面でのグリンデルバルドの動揺をもう少し深読みしたくなりました。麒麟によってダンブルドアが選ばれるあの場面は、かつて破れぬ血の誓いを立てた2人が今や完全に分かたれたことを、グリンデルバルドが突きつけられるシーンだったのではないか……と。

というのも、グリンデルバルドさんは明らかに麒麟を軽んじているし見下していますよね。麒麟が自分を選ばないことは分かり切った上で、「魂を見抜く? あほらし~それがなんやねん。俺はめっちゃ強いねんぞ。下等生物なんぞに選んでいらんわ」くらいには思っていそうです。そうでなければ、麒麟の命を奪いゾンビにして操るなんて外道な所業はできないと思います。要するに、グリンデルバルドにとって、麒麟に選ばれない(≒麒麟が他の候補者を選ぶ)こと自体は大したダメージにはならないわけです。

そして、だからこそローリング先生は、「善なる魂を好む麒麟がダンブルドアを選ぶ」というグリンデルバルドにとって最も“効く”展開を持ってきたんだろうと思います。

「裏工作を暴いてグリンデルバルド一派を失脚させる」ことのみを目指すなら、麒麟が候補者ではないダンブルドアに対してひざまずくシーンは言ってみれば余計です(ストレートに麒麟を慈悲深いヴィセンシア・サントス魔法大臣に向かわせればいい話)。そこにあえてダンブルドア選出のくだりを挟んだのは、ローリング先生が物語上の信賞必罰を重んじたからではないでしょうか。

つまり、たいていのことは鼻で笑い飛ばしそうなグリンデルバルドにとって、「ダンブルドアが麒麟に選ばれる」ことは唯一と言っていいくらいにクリティカルヒットする出来事だったんだろうと思います。

かつて思想を共有した唯一無二の友であり、愛した人でもあるダンブルドアに対し、麒麟が恭しく首を垂れる。そのときグリンデルバルドが受けた衝撃はいったいいかほどのものだったのか。

麒麟は絶対に自分を選ばない、それは分かり切っている。しかし麒麟がダンブルドアを選ぶ、すなわち、2人がもはや魂レベルで分かたれてしまったと示されるのは、まさに青天の霹靂だったのではないか……と想像してしまうシーンでした。「自分にとって(そしてアルバスにとっても)互いのみが唯一の存在である」と確信していたからこそ、この麒麟の啓示は相当キたんじゃないか、と。

まとめると、麒麟という魂の善悪を見抜く魔法動物によって、ダンブルドアとグリンデルバルドという2者が完全に分かたれた(というより、すでに分かたれていた)ことを明示する演出が見事だと思いました。

(前2作の流れを知らないのに断言するのもアレですが)シリーズの折り返しに当たる今作においては、「ダンブルドアとグリンデルバルドの決別」が隠れた最大のテーマなんだろうと思います。今作にてダンブルドア先生は血の誓いのくびきから解かれ、ハリポタシリーズで示された「未来」(ダンブルドアとグリンデルバルドの決闘)へと歩んでいくことになります。

ただ、ファンタビ3を観ていて非常に興味深かったのは、こじれ切った2人の魔法使いは2人だけでは決定的な対立に至らず、決別へと踏み出すために第三者を必要としたことです。

第三者とはすなわち、今書いた「麒麟」と、後述する「クリーデンス」ですね。無垢ゆえにグリンデルバルドに利用された彼らは、最終的に彼の計画を破綻させるのみならず、ダンブルドアを縛っていた血の誓いを破るファクターとなりました。とりわけ終盤に関しては、「麒麟がグリンデルバルドに真実を突きつけ、クリーデンスがダンブルドアに宿命を受け入れさせた」という表現がしっくりきます。

もっとも、「第三者を必要とした」という言い方は正確ではないのかもしれません。少なくともダンブルドアとグリンデルバルドの2人は、心情としては完全なる決別など望んでいなかったようにも見えます。ダンブルドアは罪を重ね続けるグリンデルバルドを看過できないと認識しつつも、自らの手で決着をつけることを避け続けていました。グリンデルバルドもまた、ダンブルドアは自分に対して決定的なことなどできないと確信し、その事実に愛憎をくすぶらせていたようです。

ダンブルドアとグリンデルバルドについては、「すでに破局し、世界の安寧のためにも一方が一方を滅ぼすほかなかったのに、そのさだめから目を逸らして決着を先延ばしにしていた2人」という印象を受けました。だから今回、運命の方がしびれを切らし、第三者の介在という形をとって2人の方へ飛び込んでいったのかもしれません。目を背けるな、宿命を受け入れろ、と。

端から憎み合っていた2人ではなく、かつて愛し合っていた(むしろ今も情がある)2人だからこそ、2人きりでは決着に至らなかった(だから第三者が2人に意識させるほかなかった)……麒麟の選別が導くアルバスとゲラートの決別は、そんな物語的な必然性と構成の美しさを感じさせるエピソードでした。

ところで、先ほども書いた通り決戦の舞台はブータン王国の寺院です。厳かな聖地に外国の魔法使いたちがドヤドヤと乗り込んでいってドンパチやり合うってどうなんだ……と思ったことはさて置き、幻の動物である麒麟が活躍する場所としてはすごく映えていました。もっとも、ブータンもいいけどチベットの方がイメージ的にしっくりくるんじゃないかな~とはちょっぴり感じました。キアヌやブラピの例を見るに、昨今の映画業界では安易にチベットに触れづらいのかもしれませんが。

あと、(麒麟という題材のチョイスも含めて)「配慮」みたいなものもほんのりと感じました。たとえば国際魔法使い連盟の次期リーダーにリュウさんという男性が立候補していることとか。もっとも、リュウさん自体は本筋にまったく関わらず空気だったり、決戦の地はブータン王国(※国境問題を抱えている)だったりと、ファンタビのバランス感覚が感じられて面白いなーと思いました。

「ダンブルドアの秘密」とは?

今作のストーリーの軸は2つ。1つは「麒麟(国際魔法使い連盟の次期リーダーの座をめぐる陰謀)」、そしてもう1つは「ダンブルドアの秘密」。ファンタビ初見でハリポタ原作既読の身としては、後者はとっつきやすいテーマで有り難かったです。※以下にはファンタビ3の核心的なネタバレが含まれます。

今作で明かされた「ダンブルドアの秘密」の内容ですが、大きく分けると3つあるのかなーと思います。1つ目の秘密は、若きアルバス・ダンブルドアが、のちの闇の大魔法使いゲラート・グリンデルバルドと深い仲にあったこと。2つ目の秘密は、ゲラートとの交流をきっかけにアルバスと弟アバーフォースは対立し、いさかいの果てに妹アリアナが命を落としたこと。3つ目の秘密は、グリンデルバルドに与するオブスキュリアルのクリーデンスがアバーフォースの実の息子であること。

1つ目の秘密は、アルバス・ダンブルドア個人に関する秘密だと言えます。一方、2つ目と3つ目は、どちらかと言えばダンブルドア家に関する秘密と言ってよいものです。というわけで、先に2つ目と3つ目の秘密に関して感想を書きます。

アリアナ・ダンブルドアの悲劇

妹アリアナを襲った悲劇 ファンタビ3 ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密 感想 Photo by Zoe on Unsplash

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2つ目の秘密は、若き日のアルバス・ダンブルドアが犯した過ちに関わるお話です。暗い部屋の中で妹アリアナの肖像画に向かいながら、告解めいた告白をする……そんなダンブルドア先生の姿が非常に印象的なシーンでした。

儚く幸薄い面差しのアリアナ・ダンブルドアは、クリーデンスと同じオブスキュリアルであり、短命を宿命づけられていたそうです。ただ、彼女はその短い寿命を全うすることさえできず、兄2人とグリンデルバルドが引き起こした愚かな争いに巻き込まれ、この世から跡形もなく消え去りました。

ファンタビ3って迫力あるシーンも楽しく美しいシーンもたくさんある映画です。ただ、鑑賞後に思いをめぐらせたとき、情景としてまず思い浮かぶのは上記のダンブルドア先生の告白シーンでした。

なんというか、引き算が巧いんですよね。もはや遠い過去の悲劇を下手に映像として再現せず、ダンブルドア先生の沈んだ語り口とアリアナの悲しそうな微笑みによってのみ伝えてくれるから、演出過剰にも陳腐にならない。抑制的な演出のおかげでダンブルドア先生個人にぴたりと焦点が合って、彼の抱えている後悔と罪悪感がひしひしと感じ取れる……そんな良いシーンだと思います。

この場面については、ニュートと先生のやりとりも印象に残りました。敬愛する恩師を慰めようとしてマジで心にもないだろうことを言い出すニュートと、君だけはそんなことを言うな、君の美徳は正直なことだろう、とガチでたしなめるダンブルドア先生。イイ。ちゃちな慰めを口にしてしまうくらいに、ニュートは先生の心の痛みを感じ取って案じたんじゃないかと思います。先生もそれを理解していたから、ニュートの長所を褒める形でその口を封じたんだろうなーと感じました(たぶん一番言われたくない系の言葉であってもそういう対応をするの、教育者らしくて好き)。

このシーンで一番好きなのは、ニュートが彼の正直な気持ちを告げてそっと出て行くくだりです。悲しみと後悔に満ちたシーンだけどほのかな希望もある、そのバランスが私好みでした(ニュートがここで示した「希望」は、のちの「麒麟がダンブルドアを選ぶ」シーンとリンクするんだろうと思います)。

クリーデンスの正体――繰り返される構図と贖われる兄弟の過ち

クリーデンスの正体と贖われるダンブルドア兄弟の過ち ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密 ファンタビ3 感想 Photo by Brett Jordan on Unsplash

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続いて3つ目の秘密、すなわちクリーデンスがアバーフォースの息子であるという事実について。

私は今作で初めてファンタビシリーズに触れたので、「へえ~そうやったんや~」くらいの驚きでした。それもどちらかと言えば、「あのアバーフォースに子供がいたんだ」系の驚き。ただ、後でクリーデンスは前2作に引き続いて登場した重要キャラだと知り、シリーズファンの方にはかなり大きな衝撃があったのかもしれないなーと思いました。

アルバスがゲラート・グリンデルバルドと深い仲になったのと同じ頃、アバーフォースもまた谷に住む娘と恋に落ちたようです。ただ、アバーフォースは恋人が身ごもったことも彼女が息子を出産したこともつゆ知らなかった様子。彼女が引っ越していったせいでもあり、同じ時期に妹アリアナの悲劇が起こったせいでもあるのでしょうか。ちなみに、兄のアルバスも当時アバーフォースと険悪な関係にあったため、弟の恋人やクリーデンスの存在については関知していませんでした。

正直なところ、私は当初クリーデンスにさほど良い印象を持っていませんでした。なんといっても麒麟襲撃時点での第一印象が最悪だったので。ただ、直後のクイニーとのやりとりで「めっちゃ悪い人ではなさそう」と感じ、妙に幸の薄そうな雰囲気が気になるようになりました。明らかに顔色が良くないし生気が無いんですよね、クリーデンス。めっちゃイキイキ残虐に工作活動してる横の黒髪美女みたいにはっちゃけてみたら? ちょっとは人生楽しくなるかもよ? と思ってしまうくらいに。

そこからダンブルドアの血族である、実はアバーフォースの息子である、もうすぐ寿命が尽きる(だから不死鳥が舞う)……と怒涛のネタバレが来ると、「この人普通に可哀想だな」としか思えなくなりました。グリンデルバルドに折檻されているのを見てしまうと、「冒頭のアレは虐げられ続けた者が自分より弱い存在(麒麟)を虐げる地獄絵図やったんやな…」とも思いました。

ただ、それでもクリーデンスが罪を重ね続けたのは確かな事実。ダンブルドア先生が「彼を救うことはできない」と言ったのもたぶん正しい。じゃあどうやって落としどころを見つけるんだろう……と思いながら見ていると、「実行犯であるクリーデンス自らが麒麟を拉致・悪用した陰謀を公衆の面前で暴露する」という展開でした。まさにダンブルドア先生が言った通りの「彼が我々を救う」神展開です。

よくやったクリーデンス!と思う一方で、よろよろと階段を登ってきて声を振り絞る様子を見ていると、あんまり無理をしない方がいいっていうかグリンデルバルドに攻撃されないか……?とハラハラしました。そして、その不安は見事に的中。裏切り者のクリーデンスを粛清しようとするグリンデルバルドに対抗し、ダンブルドア兄弟が杖を構えることになります。

このクリーデンスを害する/守るために3人の男が杖を構えるシーンですが、ローリング先生の組み上げた構成があまりにも端正で最高にドキドキしました。

アルバス、アバーフォース、グリンデルバルドの3者が杖を構える。その構図は、数十年前にアリアナ・ダンブルドアが亡くなった際のものとまったく同じです。しかし構図こそ繰り返しであっても、今回杖を構えたダンブルドアとアバーフォースの意図、およびもたらされた結果はまったく異なるものでした。

かつてのダンブルドア兄弟は、怒りに我を失いながら杖に手を伸ばし、結果として最愛の妹を死に至らしめました。しかし今回は違います。ダンブルドア兄弟は甥/息子であるクリーデンスを守るために魔法を放ち、今度は家族を救うことに成功したのです。

まさに過去の清算とでも言うべき出来事であり、数十年前と同じく今回も他者を害するために杖を構えたグリンデルバルドと、ダンブルドア兄弟の隔絶が浮き彫りになる展開だと言えます。この直後にアルバスとゲラートを縛る血の誓いが破れることと併せて、ローリング先生の仕掛けた対比表現の鮮やかさにシビれるばかりです。

個人的に「たぶんクリーデンス助からないだろうな……」と諦めていたぶん、彼が生きて父親のアバーフォースと対面しゴーホームできたことに驚き、しみじみと嬉しくなりました(父子を見守るダンブルドア先生の眼差しも優しくてグッド)。

もちろん、おそらくそう遠くない未来にクリーデンスの寿命は尽きてしまうのでしょう。ただ、そのとき彼の隣にはきっと父であるアバーフォースがいて、クリーデンスを安心させてくれるはずです。恵まれない人生を送ってきた様子のクリーデンスにとって、それは何よりの救いになるのではないでしょうか。

かつて愚かさのために最愛の妹を喪った兄弟は、数十年の後悔の日々を経て、家族を無事に取り戻すことができました。クリーデンスの“生還”(単純にグリンデルバルドの支配から逃れたという意味でも、存在さえ知らなかった父に認知されダンブルドア家に受け入れられたという意味でも)は、過去の過ちを贖う意思を示したダンブルドア兄弟に対する何よりの「報い」なのかもしれません。

アルバスとゲラート――愛憎と決別

アルバスとゲラートの愛憎と決別 ファンタビ3 ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密 感想 Photo by Toa Heftiba on Unsplash

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原作7巻が出版されたあたりで私はいったんハリポタシリーズから離れました。しかしそんな私でも、「ダンブルドア先生は昔、闇の大魔法使いであるグリンデルバルドを倒して世界を救った。しかし実のところ、ダンブルドア先生はグリンデルバルドのことを愛していたのだ」……という話はなぜか知っていました。ハリポタ最終巻が出る前後くらいにローリング先生が情報を出されていたような気がします(超あいまいフワフワ記憶)。

ダンブルドア先生が同性愛者である(であった)という情報が出た当時は、けっこう賛否両論あったような覚えがあります。「その設定要る?(今さらわざわざ明かす必要あった?)」みたいな感じで。子供の頃からダンブルドア先生というキャラクターに親しんでいたからこそ、その意外な過去に驚いた方が多かったのかもしれません(かく言う私もへえ~マジ?と若干戸惑いました)。

ただ今思えば、ローリング先生はその頃から、現在ファンタビで描かれているアルバス・ダンブルドアの複雑な過去を緻密に構想されていたのかもしれません。

というわけで、「ダンブルドアとグリンデルバルドが恋人同士だった」という1つ目の秘密に関しては、「知ってた~!」という感想でした。ただ、実際に目の前でダンブルドア先生にぽつぽつと語られると、「若い頃から色々と抱えてきた人なんだな……」と改めて思ってしまいました。

私は特段ボーイズラブやブロマンスが好きな訳ではない(なんでも読むけど)ですが、今作のダンブルドア先生によるゲラート語り、およびグリンデルバルドとの対峙シーンについてはじっ……と見入ってしまいがちでした。なんといってもお2人の俳優さん、どちらもカッコイイ上に演技が超巧い。あのクオリティーで「昔々に恋破れたけれども未練を捨てきれず、でも一方がもう一方を破滅させねばならない宿命の2人」を見せられてしまうと、「グッド!👉」とテンション上げざるを得ませんでした。以下、主観と妄想マシマシの語りです。

映画を観終えてから思ったのは、「ダンブルドア先生とグリンデルバルドが互いに抱く感情はちょっと異なっていて、でも根っこは共通しているんじゃないか」ということでした。

ダンブルドア先生にとって、グリンデルバルドは夢の残骸、終わった恋、過ちと後悔です。救えない男であり、生かしておくべきではないと認識しているはずだと思います。ただそれでも、ダンブルドア先生にグリンデルバルドと直接対峙する意欲はなかった。なぜかと言えば、それは結局「愛ゆえに……」という話なんだろうと思います。「血の誓いのせいで戦えない」という事実にダンブルドア先生が安堵していたことは、終盤の決闘シーンの導入を観れば明らかなので。

一方のグリンデルバルドは、ダンブルドア先生の諸々の葛藤を「分かっている」んだろうと思います。「俺はこれからめちゃくちゃにやったるで。止められるもんなら止めてみ。でもお前にそんなことできるんかなー? どうせ俺にトドメなんて刺せへんのとちゃう?」的な傲慢なムードを、映画冒頭の喫茶店でのやりとりから感じたので。

ただ、グリンデルバルドが見せつけるその傲慢さは、試し行動、あるいは復讐的な意味合いが強いのかなーとも思います。というのも、クリーデンスの言葉が真実なら、グリンデルバルドは「自分はアルバスに捨てられた」と認識しているらしいからです。言ってしまえば「俺はお前のことめっちゃ好きやったのに、信じてたのに、お前が先に裏切ったんやで」と恨みに思っているわけですね。

その事実を踏まえると、喫茶店でのダンブルドア先生がどこか控えめであり、反対にグリンデルバルドが挑発的だったことにも納得が行きます。グリンデルバルドさんの傲慢ムーヴは、一度自分を捨てた盟友兼恋人に向ける憎しみ、血の誓いがあるから手を出せまいという冷静な計算、間合い確認と牽制、およびダンブルドアがまだ自分に未練を残していることを信じたい気持ちなどが複雑に絡み合い出来上がったものなのかもしれません。

まとめると、ダンブルドアにとってのグリンデルバルドは、直視したくないけど消えてほしくもない存在なのかな~と思います。過去の罪を思い起こさせる男で、頭では生かしておけないと分かっていても、まだ愛しているから手にかけたくはない。許されるのならこのまま、決着などつけずに目を背け続けていたい……みたいな。

一方のグリンデルバルドは、そんなダンブルドアの苦しみを感じてほくそ笑みつつ、「やれるもんならやってみろよ(そんなことできないだろうけどな)」と愛憎を静かに滾らせ行動し続けているんだろうと思います。若き頃にダンブルドアと共有した夢を実現するために。それが自分を裏切ったダンブルドアに対する何よりの復讐になると理解した上で。

で、そんな2人の複雑な感情の根っこに共通して存在するものは、「孤独になりたくない」という思いなのかもしれません(決闘シーンでのグリンデルバルドのセリフから推し量るに)。

かつ、その思いの前提としてあるのは、「自分にとって相手は唯一無二の存在である」という共通認識です。自分と対等であり続け、深く愛してくれるのは互いのみ。だから、どちらかがどちらかを排除してしまえば、その喪失はこの世では二度と埋められない。ゆえに、何よりも自分のために、相手を消し去ることなどできない……という。

愛ゆえに……というより、結局は自分がひとりぼっちになりたくないから相手の息の根を止められない。そういう風に書くとエゴな感じもしますが、同時にめっちゃロマンチックな関係よな~とも思います。「この広い宇宙で愛し合えるのはあなたただ1人だけ」と認識し、かつ「相手も自分に対して同じように思ってくれている」と確信すること。それはこの上なく傲慢で、この上なく強い愛ではないでしょうか。

上記を踏まえつつ、今作におけるダンブルドアとグリンデルバルドのやりとりでサイコーに盛り上がったところを挙げると、やはり血の誓いの終わりから始まる一連のシーンです。「ダンブルドアの秘密」と銘打たれたこの映画の間違いなくハイライトであり、あそこなしにファンタビ3を語ることはできないと言っても過言ではない、長い離別を経た2人の剥き出しの感情がぶつかり合う非常に濃密なシーンでした。

まずは血の誓いが砕け散る瞬間、スローモーションで映し出される2人の表情が秀逸です。「ようやく」とでも言いたげにニィッと笑うグリンデルバルドと、「まさかそんな」といった風に驚愕と失意の滲んだ表情を見せるダンブルドア。この2人の表情の変化、とりわけ「嘘」を暴かれたダンブルドア先生の反応が人間味に溢れすぎていて、この時点ですでにテンションブチ上がりでした。

ダンブルドア先生は序盤で、「血の誓いがあるから戦いたくても無理やねん……」と実演を交えて語っていました。しかし結局のところ、(たぶん観客の多くが感じ取っただろうと思いますが)ダンブルドア先生は血の誓いに縛られていることに安堵していたんだろうと思います。グリンデルバルドと直接対峙しないことの言い訳になるからです。

「(血の誓いがあるから)グリンデルバルドとは戦えない」、それはもちろん事実です。ただし、その事実の裏側には「ゲラートと戦いたくない」という本音があり、ダンブルドア先生はおそらく意識的にその本音を隠していた。そこのところの「嘘」が、ペンダントが砕け散った際のたった数秒にも満たない表情の変化によって白日の下に晒されるわけです。

そう、クリーデンスという第三者の介在により、けして破れないはずの血の誓いは破れました。先ほども書いた通り、クリーデンスをはさんで3人の男が杖を向け合う構図は、数十年前に起こったアリアナの悲劇の繰り返しです。ただし、今回悲劇は起こりませんでした。過ちを悔いながら生きてきたダンブルドア(兄弟)は、数十年前とは異なり、激情に駆られてではなく家族(クリーデンス)を守るために共に杖を構えたからです。

またも他者を害そうとしたグリンデルバルドと、悔い改め他者を守ろうとしたダンブルドア。かつてズッ友であろうと誓った2人の魂はもはや相容れない……その事実が明示されたからこそ、血の誓いは例外的に機能しなくなったのかもしれません。

そして、「戦えない」状態が解消されたと判断した2人の歴戦の魔法使いは、即座に戦いに突入します。ここの戦闘シーンもやはりダンブルドア先生の表情の変化が見応えバツグンでした。

好戦的なグリンデルバルドに対し、ダンブルドアは最初「現実を受け入れられない(受け入れたくない)」と言いたげな顔をします。経験豊富な魔法使いとして体は完璧に立ち回っているけれども、グリンデルバルドを倒さねばならない現実に心はまったく追いついていない……そのような絶望がにじむ顔です。実にブラボーな演技です。

ただ、ダンブルドアはある一点から「受け入れがたい現実を受け入れるほかない」と決めたような表情になります。悟ったような覚悟したような、そんな表情に。一転勢いを増す魔法。すると、今度はグリンデルバルドの方が焦りを見せ始めます。ここの、というよりここから姿をくらますまでの、グリンデルバルドの役者さんの演技もスーパーブラボーでした。

ダンブルドア先生が「もはやこれまで」と腹を決めて宿命に向き合うと、それまで終始ヨユ~な態度だったグリンデルバルドの方にほころびが生じる。その対比がめっちゃイイな~と思います。

最初から「オレはやるぜ×2」とアピっていて、戦い始めも「待ってたぜこの瞬間をよォ!」とヤルキマン・マングローブだったのに、いざ相手の本気を感じると「まさか本当にやる気か? お前が俺を?」とでも言いたげに動揺するんですよ、グリンデルバルドさんは。「(俺がいなくなったら)他に誰が愛してくれる!?」とか叫んだり、「(これまでも現在も)敵だったことなどない」とどこか悄然とした様子で言ったりしちゃうわけですよ。

個人的には、ここに至って初めて「グリンデルバルドさんもダンブルドア先生のことちゃんと好きだったんだ……」と実感しました。このシーンまでは、「ダンブルドア先生はめっちゃ引きずっているけど、グリンデルバルドの方はそうでもないのかな?」と思っていたんですよね。覚悟を決めきれない先生に対し、グリンデルバルドの方は第三者を利用して先生を排除しようとしていたし、血の誓いが破れた瞬間も躊躇なく戦闘に入ったので。

しかし決闘終盤での取り乱しようを見ると、「グリンデルバルドさんもフツーに未練あるやん……」と目を開かれる思いでした。たぶん今までの挑発的な言動も、第一には自分を捨てたダンブルドア先生への激しい憎しみ(=強い愛情と執着の裏返し)からくるものだったんだろうな、と。

決闘シーンのグリンデルバルドさんについて考えたとき、ここたまらんな~と感じたポイントは3つほどあります。

1つ目は、彼自身はノリノリでダンブルドア先生を倒そうとしている点。そのこと自体は、彼が先生を愛していることと特に矛盾しません。だって先に裏切ったのはアルバスの方だから。だから他者の手を借りてでも積極的に命を狙うし、血の誓いが破れればすぐさま攻撃を開始する。「自分を裏切った人間は絶対に許さないし、それが一度愛した人間なら尚のこと許しはしない」みたいな理屈なんだろうと思います。プライドがバリ高そうだし。

2つ目のたまらんな~ポイントは、いざダンブルドア先生の本気に直面すると、「なんでや!」と激しく動揺する点。

ジョルノ・ジョバァーナではないですが、相手を始末しようとするならば、逆に相手に始末される可能性を念頭に置いておくべきです。しかし、グリンデルバルドさんは、ダンブルドア先生が本気で向かってくることを想定していなかったかのような反応をするんですよね。そんなに頭が悪そうな人には見えないから、そこで不意を打たれて慌てるのって、まあ愛ゆえの甘えというか驕りでしかないよな~と思いました。アルバスが本気で俺を始末しようとするはずがない、そんなことできやしないと高をくくっていたんだろうな、と。

3つ目のたまらんな~ポイントは、ダンブルドア先生の本気を感じた直後に露骨に落ち込んでいる点です。

先生とやり合った後に姿をくらまそうとするグリンデルバルドさん、明らかにテンションがダダ下がっています。ここはすごく可愛げを感じる部分でした。というのも、どう見ても若い頃から今に至るまで純粋培養された傲慢さのある人じゃないですか、グリンデルバルドさんって。昔裏切った(※彼視点)上にまた裏切りを重ねようとする(※彼視点)相手に対しては、ガチ切れして当たり散らかしても不思議じゃないと思うんですよ。

でも、自分を始末しようとするダンブルドアにいざ直面したとき、グリンデルバルドは相手の情に訴えかけることに終始するわけです。まさか本気で俺を?→許さん!と怒るのではなく、「俺を倒すと孤独になるで! つらくてとても耐えられへんで!」とダンブルドア先生をなんとか翻意させようとするわけです。

もちろん、単に力負けしそうだから隙を誘うために下手に出ただけで、すべて計算ずくの行動なのかもしれません。ただ、それではグリンデルバルドの格が落ちてしまうし、単純に格好悪いとも感じます。

だから個人的には、あの場面のグリンデルバルドはダンブルドア先生の殺意にマジでショックを受けたがゆえに、諸々ペースを乱されて本音を漏らしちゃったんだろうなーと思っています。つまり、本気で傷ついたからこそ相手の愛情にすがるようなことを言い、自分の方にまだ気持ちが残っていることを露呈させ、最後に未練を感じさせる捨て台詞も残したんだろうな、と。

とりわけその捨て台詞(「敵だったことなどない」)は最高にグッとくるものでした。シチュエーションも含めて2人の関係性の複雑さを濃縮したような言葉だと思います。

周囲を囲む魔法使いたちにとっては、ただただ傲岸不遜に聞こえるセリフだと思うんですよ。あれだけやらかしておいてよくもそんなことが言えるな、と。ただ、あのセリフは不特定多数に言っているように見えて、実はダンブルドア先生1人に向けたものだと考えられます(目線やカットを見るに)。虚勢やハッタリを交えずに、「俺はお前の敵だったことなどない」と吐露しているわけです。

敵に回ったのはお前の方だ、俺は今でもお前を特別に思っている……等、色々と解釈は可能だと思います。ただ1つ言えるのは、おそらくこのメッセージにはグリンデルバルドの素直な心が反映されているということ。だからこそ先生は、この場面でグリンデルバルドの顔をまっすぐに見られないんだろうと思います。その言葉が自分1人に向けられていると分かっていて、かつどうしようもなく後ろめたいからです。

このシーン、10秒もないくらいのマジで短いシーンです。でもめっちゃ好きです。「不特定多数のいる場でお互いにしかわからないメッセージを投げかける2人」というシチュが好きな方には、もうたまらない場面だと思います。

色々と語りましたが、決闘シーンはダンブルドア先生とグリンデルバルドの生々しい感情の露出が何よりも印象に残りました。躊躇→決然、余裕→動揺と、2人が対照的に、でもリンクするように感情をスイッチする様が見応えバツグン。もっとも、特にグリンデルバルドさんに焦点を当てて振り返ると、なんだかんだ切ない話よな~とも感じました。

他者や麒麟(動物)に対する振る舞いからも明らかな通り、ファンタビシリーズにおけるグリンデルバルドは圧倒的な強者かつ加害者です。でも、この決闘シーンの終盤から彼が姿をくらますまでの短い間、私はグリンデルバルドを「弱者かつ被害者」であるかのように錯覚しました。

つまり、愛する人に再び捨てられ激昂するも、やはり諦めきれずに愛を乞い、それでも叶わないから自分の気持ちは変わらないとだけ打ち明けてその場から立ち去る……みたいな風にも見えてしまったんですよね、不思議と(それまでザ・悪役だったグリンデルバルドを局所的に「愛に破れ傷ついた男」に変えてしまう、俳優さんの演技がスゴイ)。

何度でも書きますが、いざダンブルドア先生の心が決まったと悟った瞬間、怒りよりもショックが強く表れる点が超イイなと思います。ずっと「俺を裏切ったことを後悔するがいい、せいぜい苦しめ(ニヤニヤ)」的なテンションだったからこそ、またも切り捨てられた瞬間に、動揺マックスでダンブルドア先生の未練に訴えかけようとする姿勢にグッときます。

なんというか、こういう表現は正しくないかもしれませんが、「惚れた方の負け」という言葉は真理だな~という印象を抱きました。グリンデルバルドさんはめっちゃ好きだったんでしょうね、ダンブルドア先生のことが(「裏切られた」ではなく「捨てられた」という表現をチョイスする時点でそれは明らかだったのかも)。あれだけプライド高そうな人にああいった態度を示されると、若き日の2人は本気で愛し合っていたんだろうね……悲しいね……と思わずにはいられません。

アルバス・ダンブルドアと孤独の宿命――ファンタビ3のラストが示すもの

ダンブルドアはグリンデルバルドと決別し孤独の宿命を受け入れる ファンタビ3 ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密 感想 Photo by Serhat Beyazkaya on Unsplash

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聖地ブータン王国での決戦後、物語はようやく終幕のときを迎えます。幾多の苦難を乗り越えてついに結婚したジェイコブ&クイニーと、それを我が事のように祝福するニュートたち招待客。ファンタビ3は喜びを分かち合う彼ら若人……ではなく、結婚式を戸外からひとり見守るダンブルドア先生にスポットを当てて、その長いストーリーを締めくくります。

このラスト、初見では「えっ?」と思いました。幸せそうに語らうニュートたちが直前に映し出されたからこそ、ダンブルドア先生が結婚式に参加せず、しかも厳しい顔になって去っていったことが疑問でした。どうしてダンブルドア先生も結婚式に参加させてハッピー大団円とはせず、あえてひとりきりエンドにしたんだろう……と。

しかし、後でファンタビ3の内容、特にダンブルドア先生とグリンデルバルドのやりとりを振り返ってみて、そういうことかと腑に落ちるものがありました。同時に、「この映画シリーズの主人公はニュートだけど、ファンタビ3の主役は副題の通りダンブルドア先生その人だったんだな」とも感じました。

結論から言えば、ファンタビ3のラストが表現しているものは「孤独」なんだろうと思います。もっと言えば、あの結末が示すのは「アルバス・ダンブルドアを待ち受ける孤独の宿命」です。

ダンブルドアが眺める結婚式の主役であるジェイコブとクイニーは、一度は深刻な過ちを犯し、敵対関係に陥りつつも、互いを許し合ってついに結ばれた恋人たちです。

この「一度過ちを犯し敵対関係にあった」というのがミソで、ダンブルドア視点のこの場面において、ジェイコブ&クイニーはアルバス&ゲラートに比されているのだろうと思います。それも「アルバスとゲラートには絶対にあり得なかった未来」として、つまり、「罪を悔い改め許し許され周囲に認められる幸福な2人」として

ジェイコブとクイニーの結婚式を見守るダンブルドア先生の顔は、しかし実に穏やかでした(ここ、先生の善性が感じ取れて大好き)。この後、彼は結婚式に加わるのではなく厳しい顔つきで立ち去りますが、その「選択」こそファンタビ3の内容を分かりやすく総括するものだと思います。

「やあジェイコブ、クイニー。結婚おめでとう」……と、笑顔でそう言いながら店の中に入っていけば、主役の2人もニュートたちもダンブルドア先生の訪いをきっと喜んでくれたことでしょう。先生は暖かい室内でご馳走に舌鼓を打ちながら、友人や教え子たちと歓談する楽しいひと時を過ごせたはずです。

しかし、彼はそれを「選ばなかった」。あくまでも真冬の戸外に留まり、幸福な結末を迎えた恋人たちを見届けた後、独りで立ち去ることを「選んだ」。それこそがファンタビ3及び先生の出した結論、すなわち、「アルバス・ダンブルドアはグリンデルバルドを倒す未来を選ぶ(その結果として訪れる孤独の宿命を受け入れる)と決めた」ことの暗示なんだろうと思います。

このラストは、そこだけを切り取れば負け惜しみのようにも聞こえたグリンデルバルドの主張の正しさを証明するものでもあります。すなわち、自分(ゲラート)を倒せばお前(アルバス)は孤独になる、その孤独は耐えがたいものだ、俺の他に誰がお前を愛すると言うんだ……という、決闘シーンでの一連の訴え(※意訳)ですね。

グリンデルバルドが感情もあらわに訴えた上記の主張は、少なくともダンブルドア先生にとっては純然たる真実である。そのことが物語の最後の最後にさり気なく示されるわけです(きれいな構成だと思います)。

もちろん、ダンブルドア先生の周囲には、彼を尊敬し愛してくれる友人や教え子たちがたくさんいます。先生も彼を大切に思っていることでしょう。ただ、先生にとってのグリンデルバルドはたぶん、そういった事実が何の影響も及ぼさないまったく別カテゴリの人間なんだろうと思います。

言ってみれば、彼は「運命の相手」です。この世から(あるいは自分の人生から)その人が欠けたとき、発生した空白を埋め合わせることはけして「できない」。事実として不可能である以上に、自分自身が「できない」と確信している……そういう厄介な存在です*。だから、グリンデルバルドを葬ってしまえば、アルバス・ダンブルドアは今生では孤独から逃れ得ないのです。

しかし、ダンブルドア先生はその宿命を受け入れると決めました。この世に生きる人々の平穏のために、あるいは教え子たちの幸福のために。

もはやグリンデルバルドと2人並び立つ未来は存在し得ない。だから結ばれた恋人たちを眺めることをやめて、あたたかな団欒にも加わらず、アルバス・ダンブルドアは独りで歩き始めます。グリンデルバルドと破局したその時からうっすらと意識し、長年恐れつつ目を背けてきただろう運命、すなわち、絶対的な孤独へと向かって。

愛する人たちの幸せをそっと見届けた後、自らは独り去っていく。あの寂しげでありつつ覚悟を感じさせるダンブルドア先生のふるまいに、私は「ヒーロー」の姿を見ました。「ダンブルドアの秘密」を掘り下げた本作にふさわしいラストだったと思います。

*人間関係において絶対的なものはないと私個人は思っています。もしあるとすればそれは当人の頭の中、もっと言えば意志においてのみ存在するものではないかと。だからこそ、フィクションで描かれる「あの人が居なければ~」系の確信(言ってみれば強すぎる執着)は、業深くもあるしロマンチックでもあるなーと思えて好きです。今作のダンブルドア&グリンデルバルドはその「絶対」を互いに意識し恐れている2人だったので、あ~めっちゃイイな~とすごく感じました。

*****

いつものことながらひとりで盛り上がって長々と感想を書いてしまいました。原作を読んだのが相当昔&前2作を見ていない人間の書いたことなので、齟齬だったり認識違いだったりが諸々あるかと思います。いずれ必ず前の2作を視聴しますので、知識不足に関してはどうかご容赦ください。

とりあえず、ファンタビ3めっちゃ面白かったです。童心に帰れました。戦闘シーンは格段に激しくなっているものの、賢者の石や秘密の部屋に通じる空気を感じられた点がとても良かったです。あと、何度でも言いますがダンブルドア先生がディ・モールト良かったです。私はキャラクターの「善性」や「孤独」に惹きつけられがちなんですが、今作の先生はそのへんけっこうドストライクでした。

ジョジョとかでもそうですが、私は基本的に敵キャラではなく主人公側のキャラを好きになりがちです。「人間の美しさ」とか「善性」みたいなものをキャラクターが発揮するシーンも好きです。また、それと少し関連がありますが、孤独に耐えつつ自分ではなく誰かのために戦う人も好きだったりします。

特にジョジョについては、あるキャラにドハマリするときのきっかけが上の2つなんですよね。つまり、気高い行動(他者への共感と思いやり、勇気、あるいは自己犠牲)を見せたキャラを目の当たりにして、感動してふああああ~とイルーゾォみたいに溶けてしまうパターン。そして、孤独を感じつつも淡々と成すべきことを行うキャラを見て、立派やなあ……とこれまた感じ入ってしまうパターン。

自分で自分を分析するのも恥ずかしいですが、どちらのパターンも核となるのは憧れの感情なんでしょうね~たぶん。あと、前向きな人がすごく好きなんだと思います。

翻って今作のダンブルドア先生を見ると、他者の幸福を優しい眼差しで見つめる善性や、「孤独になってでも成すべきことをする」といった覚悟の表情を見せてくれます。まあそんなん好きですよね、もちのロン。

原作でも映画でも描かれた通り、先生は完璧超人でも全き善人でもありません。若い頃に犯した過ちは取り返しがつかない。実の弟とは今なお険悪ムードであり、消滅した妹は戻ってはこない。でも、先生は過ちを悔い続けているし、たとえつらい未来が待っているとしても、目を逸らさずに前に向かおうとしている。それはとても立派な行いだと私は思います。

ところで、久々に記事をアップできて嬉しいです。実はちょっとしたスランプ状態だったんですよね。リアルの忙しさ(+レジェンズアルセウス)にかまけてサイトの更新をおろそかにした結果、いざPCに向かったときに「前はどうやって書いてたっけ?」と悩んでしまったというか。

ただ、今回のびのびと感想記事を書けたおかげでいくらか勘が戻ったような気がします。やっぱり思ったことを地道にカタカタ書き出していくのが一番大事だな~と実感しました。やる気ってマジでやり始めないと出てこないんだな~!と。

とはいえ、リアルの忙しさ自体には変わりがないので更新速度はすぐには戻らないかと思います。が、次の記事のアップを目指して少しずつ書いていきます。いつも覗いてくださる方や拍手・コメントをくださる方、本当にありがとうございます。今後も頑張ります。

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かーめるん
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