『雨と猿』 山奥の宿屋で過ごす「雨降る一夜」の話 感想
山中の宿屋で過ごす一夜を描いたノベルゲーム、『雨と猿』の感想記事です。ネタバレを含みます。制作者は大山椒魚様。以前はVectorからダウンロードできましたが、今はできないようです(2018年現在)。
雨と猿
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『雨と猿』は、山奥の宿屋に泊まりに行った主人公が遭遇する、「雨降る一夜のはなし」を物語るノベルゲームです。選択肢なし&一本道。大体1時間半~2時間ほどで読み終えました。
けっこうマメにセーブをする性質ですが、この作品は読み始めてから読了するまで一切セーブしませんでした。セーブの存在を完全に忘れていたと言った方が正しいです。これほど没頭したノベルゲームは初めてかもしれません。
読後は感動し、同時に圧倒されました。涙腺が弱い人間なので恥ずかしながらもうダダ泣きです。もう一度起動してタイトル画面の変化に気づき、「いい話を読ませてもらったなあ」という充実感に浸ってしまいました。
というわけで、以下詳細な感想を書いていきます。致命的なネタバレは書かないように気をつけましたが、結末の雰囲気やキャラクターについてはいくらか言及しています。未見の方はご注意ください。
『雨と猿』のあらすじ
最初に、『雨と猿』のあらすじを書きます。
雨と猿
主人公・越川は、友人から某県の山中にあるという宿屋、「おのや」の話を聞き、旅行がてら泊まりに出かけます。しかし山中で完全に迷ってしまい、とっぷりと日も暮れ、振りしきる雨の中で往生する羽目に。終いには崖から滑り落ちて捻挫するという運のない越川ですが、落下地点のすぐ近くに山小屋を見つけ、半死半生の体で駆け込みます。
山小屋の中で越川を出迎えたのは、「猿丸」と名乗るよく喋る小柄な男でした。話すうちに、この猿丸こそ「おのや」の主人の息子であると知った越川は、これ幸いと一夜の宿を頼みます。
越川に対して猿丸は微妙な反応を返すものの、結局は彼を「おのや」の母屋へと連れていきます。しかし、体力の消耗が激しかった越川は、母屋を目の前にして昏倒。そして猿丸は、意識の薄れゆく越川にこんなことを言うのでした。親父の前じゃ絶対に猿丸の名を出さねぇで欲しいんだ、必ず守って下さいね……と。
はたして、再び意識を取り戻した越川の目の前にいたのは、どこか異様な「おのや」の主人でした。
かくして念願の宿屋にたどり着いた越川は、いわくつきの「おのや」で忘れられない奇妙な一夜を過ごすことになります。
『雨と猿』の感想
雨と猿
※以下、ぼかしていますがある映画を知っている人にはピンとくる形でラストの展開を匂わせています。未見の方は特にご注意ください。
「おのや」と猿丸青年 崩壊と再生の物語
『雨と猿』を一言で表すなら、文体・内容ともに骨太なノベルゲームです。硬派なストーリー展開の合間に軽妙な言い回しやコミカルなグラフィック表現があり、読者を飽きさせない緩急の付け方がお見事。少し昔風の言葉のチョイスが個人的には好きでした。
話の軸となる「おのや」にまつわる家族のリアリティは、『雨と猿』の魅力の一つです。
心の強い人、弱い人、愛情深い人、素直になれない人……異なる性質の人間たちが一つ屋根の下にいる。それが家族の不思議であり難しさでもあると思います。たとえ血のつながりがあっても、様々な軋轢や葛藤が生まれるのは当然のことかもしれません。
「おのや」の家族事情は一般的なそれよりもはるかに複雑ですが、近しい者への愛憎やすれ違いは、どの家庭であっても起こり得るものです。そういう意味で、私自身少なからず共感を覚える場面はありました。その共感がラストの感動に繋がったのだろうとも思います。
また、物語のキーパーソンである猿丸の人生も、際立って印象的です。
養子としての引け目、男としての悔しさ。淡々と語られる過去回想でそういった負の感情がひしひしと伝わってきて、少しつらい気持ちになるくらいでした。「おのや」最大の悲劇について話す彼の語り口は特に後悔の念に塗れていて、文字を追うだけできつかったです。
猿丸自身は痛々しくなるほど家族思いで、精神的にタフな人です。だからこそ、彼の不遇の過去は心に刺さるのかもしれません。常時心を強く保てる人間はいないはずです。しかし、周りに自分よりも弱い人がいると、己の弱さを表に出すまいとする人はいます。猿丸はそういう人間であり、彼のそうした在り方が、より困難な試練を彼自身に課す結果になっていました。
そんな猿丸が自分の気持ちに素直になったラストは、降り積もった悲しみを払拭する明るさと爽快感に溢れていたと思います。
家族の崩壊と再生、そして、個人の挫折と立ち直り。2つのテーマがたった一夜に凝縮されて語りつくされることを思うと、改めて『雨と猿』の構成の妙と筆力の高さに感じ入らずにはいられません。
人の強さと運命の無情
全体を通して、『雨と猿』は絶望と悲壮感に支配された物語だと言えます。現在の「おのや」を作り出した過去の事件も、『雨と猿』のエピローグで語られる結末も、言ってみれば悲劇であり報われない終わり方だと思います。
しかし、『雨と猿』の「主役」は泥臭く強かな人であり、悲観主義に支配されてはいません。「暗いお話」と一言でくくるのに抵抗があるのは、そこに確かな救いと希望が存在しているからだと思います。
『雨と猿』の読了直後にふと思い出したものがありました。それは、スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』(原題:"The Body")のラストです(映画版が超有名ですが、原作も素晴らしい作品です)。
『スタンド・バイ・ミー』では悲しみが先に立ちますが、『雨と猿』では「主役」の強さ、ひいては人間の強かさが鮮烈に印象に残ります。「主役」の心は運命と自分自身に打ち克った。私はそう感じました。
不条理な運命にも屈しない人の心の強さに感じ入るか、そういった心持ちをもあっさりと無いものにする運命の無情さに諦観を覚えるかは、読者の自由だと思います。
この作品にはどちらの解釈もできる中庸さがあります。人生の苦楽を描いた物語全体の締めとしてはとても良かったと個人的には思いました。
人生には晴れの日もあれば雨の日もあること、そして長く降り続いたとしても止まない雨はないことを、しみじみと実感できる物語でした。言葉を尽くしても実像をそのまま伝えることはできないので悔しいですが、『雨と猿』はとにかく面白い作品です。ぜひ一度プレイして話を追ってみてほしいです。
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