『mix.』(ミックス) 見習いバーテンダーが主人公の乙女ゲーム レビュー&考察 その1 ※ネタバレ注意
バーテンダー恋愛ADV、『mix.』(ミックス)のレビュー&考察記事です。制作者は工場長様。作品のダウンロードページ(Vector)はこちらです。 → mix.
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『mix.』はバーテンダー見習いの女性が主人公の女性向け恋愛ゲームです。攻略対象は4人、エンドは8つです。1人の攻略に約1時間ほどかかりました。
「バーテンダー主人公って一風変わってるなあ」と思いプレイさせていただきました。ADVとしても乙女ゲーとしても、とてもお洒落で面白い作品でした。夢と現実のバランスが絶妙で、久々に時間を忘れてプレイしました。
『mix.』は恋愛ゲーというより、女性主人公のADV(恋愛あり)という印象です。主人公の設定やストーリー展開が良い意味でリアルで、彼女の将来の選択を注視しつつプレイを進めてしまいました(もちろん攻略キャラも素敵な人たちばかりです)。
また、画面作りとSE演出にこだわりを感じました。特に、視覚的な印象として「綺麗」なゲームだと思います。プレイしていて目に快かったです。
この記事では、『mix.』のストーリー概要やゲーム全体の魅力、好きなポイントなどを書きます。ネタバレ込みなのでご注意ください。キャラクター(夜野、間昼、朝倉、末明)の個別ストーリー&エンディング感想は、記事その2としてアップします。
≪関連記事:『mix.』(ミックス) 攻略キャラ4人のルート&エンディングの感想 その2 ※ネタバレ注意≫
『mix.』のあらすじ
まず、『mix.』のあらすじを書きます。
主人公(デフォルト名:葛西未来)は、「ノクティルーカ」という小さなバーで働いています。バーテンダー志望ですがまだ修行中の身なので、お客さんにお酒をふるまったことはありません。
ノクティルーカで働き始めて半年経ったある日、未来はマスターから以下のように告げられます。
2カ月後にテストを行う。合格したら正式にカウンターに立ってもいい。テストまでの間、事情を知っている常連客や知人にはお酒を作ってもOK。
厳しいマスターから与えられたチャンスに、半年間修行を続けてきた主人公は張り切ります。はたして彼女は一人前のバーテンダーになれるのでしょうか。
現実味のあるストーリー
『mix.』をプレイしてまず思ったのは、「ストーリーがかなりリアル路線だな~」ということでした。そういう印象を持ったのは、主人公・葛西未来の設定にリアリティーがあるからだと思います。このゲームは、恋愛模様と同程度に主人公の将来にも焦点を当てています。だから「乙女ゲーというよりは女性主人公のADV(恋愛含む)っぽい」と感じるのかもしれません。
主人公の未来は、バーテンダー見習いです。本来は大学3年生ですが、思うところがあって休学しています。未来がノクティルーカに行き着いた過程は拓海ルートや翔太ルートで語られますが、その経緯はなかなか現実味のあるものでした。
事実だけを書くなら、友人同士のいさかいに巻き込まれ、辟易して学校から足が遠のき、必須単位を落とし……という流れです。未来自身がトラブルを抱えていたわけでも、女子グループ内で(若干浮いてはいましたが)いじめを受けていたわけでもありません。だから休学の経緯については、「そんなことで?」と感じる人がいてもおかしくはないと思います。
しかし個人的には、「そんなことで?」とは思いませんでした。むしろ「そういうことってあるかもしれないな」と思いました。具体的な未来の経験についてそう思ったのではなく、もっと普遍的な意味で、人間関係に挫折することって誰しもあるだろうな、と。どこへ行っても一番難しくて一番苦労するのは、「人間関係」絡みの問題だろうと私自身も思うので。
未来の場合、大学生活と女友達への不満や物足りなさがもともとあって、それが昼ドラ事件を期に耐えられないレベルに跳ね上がったのかなと思いました。
「なんだか大学に行きたくない」と思ってから、歯止めが効かずにずるずると休みがちになったのもリアルです。大学は中途半端に制約がないから、特定の枠から外れると、自分の意思で戻ろうとしない限りいつまでもはじき出されてしまう場所だと思います(一方、戻ろうとしさえすればあっさりと成功することが多いです。難しいのは、戻ろうと思ってそれを実行に移すまでですね)。
その他、バーテンダー見習いとしての未来の葛藤にも共感しました。中途半端な自分に悩み、「特別な人間になりたい」「自分を変えたい」と思うものの現実はそう簡単ではない……人間一度くらいは経験したことのある葛藤ではないでしょうか。
未来以外のキャラクターも、生々しい等身大の悩みを抱えています。個人的には、転職をためらう常連客の立原や就活中の翔太のエピソードが印象的でした。医者の夏樹が人間関係に起因する苦労を吐露するのもなるほどなあと思います。
しかし、現実的な事柄が率直に描写される一方で、『mix.』では夢や希望も丁寧に描かれています。だからこそ私はこの作品が好きです。
先述したように、現実的でもあり夢もある作品なんですよね。「現実世界のリアリティー」と「作品なりのリアリティー」を混同していない&かつ現実成分の扱い方がうまいから、プレイヤーは夢に浸れるのだと思います。
ちょっとポエティックなことを言うと、ままならない現実を夢で綺麗にコーティングし、いくらかの希望をまぶしたような作品でした。心にズッシリとくるイベントも多かった(メジロジジイイベントとか)ですが、不思議と最後には明るい気持ちになれました。
ゲームを彩るカクテル
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『mix.』のユニークなところは、主人公がバーテンダーであることだと思います。それが設定上のものではなく、ゲーム中で実際にお酒を作って振る舞えるのが面白いポイントです。
たとえば、主人公は上のような「カクテルレシピ」を作成しています。お客さんから「○○をちょうだい」と言われたら、このレシピを参考にしてカクテルを作ります。実際に作れるカクテルは17種類です。
お酒やカクテルには詳しくないですが、未来の作るレシピ集は眺めているだけでも楽しかったです。手作りメモ風のデザインで、右の欄に注意点や備考、豆知識が付されているあたりも凝っています。クリア後に「そういえばあの人にこのカクテルを作ったなー」と見返したりもしました。
レシピを見ていると、自然とカクテルへの興味も湧いてきます。名前くらいしか知らないカクテルについて、名称の由来や材料を知って「へーそうなんだ」と思う場面が何度もありました。お酒のイメージとノクティルーカの雰囲気の良さに、「あ、これ飲みたいな」と思ったカクテルも多かったです。
カクテルが物語を演出する
また、それぞれのキャラクターに好きなお酒の種類が設定されているのも面白いポイントです(ジンベースのカクテルが好きな人がいたり、カシス系のカクテルばかり頼む人がいたり)。
あとこれはストーリーの感想とも絡みますが、カクテルが物語の要所要所にうまく使われているのが印象的でした。その場を締めたり、登場人物の心情を表現したり、バーテンダーからお客さんへのメッセージを伝えたり……と用途も実に多彩です。
たとえばある女性に関するサブストーリーでは、カクテルが物語の推移を演出する小道具として登場します。
その女性は一見自立した格好いい女性です。しかし実は恋愛面で難しい事情を抱えていて、次第にどうにもならない局面に陥っていきます。そして物語の展開に合わせ、彼女が頼むカクテルはビターな味わいなものへと変わっていくのです。
このストーリーの正規の結末では、マスターがとあるカクテルを彼女にサービスします。そのカクテルの名前とオチの付け方のうまさには、思わずしんみりとしてしまいました。
朝・昼・夜・末明 攻略キャラのポジションを考察
『mix.』をプレイしていて感じたのは、「攻略キャラの立ち位置」と「主人公・未来との関係」がよく練られているなあということでした。以下、個別ルートのネタバレ満載です。
まず注目したいのは、「攻略キャラ4人の名前」です。4人それぞれに「朝」・「昼」・「夜」・「末明」など時間帯に由来する単語が割り振られていますが、各キャラのポジションはおおむねその単語のイメージとリンクしています。
前提として、主人公の「未来」は「昼の世界」(大学生としての生活)と「夜の世界」(バーテンダーとしての生活)中間に立っています。大学は休学中、バーテンダー業についてはまだ見習いの身です。今後大学に戻るかバーテンダーになるかは、ひとえに彼女の選択次第です。
続いて、『mix.』の中心的存在と言える人物が「夜野拓海」です。「夜光虫」を意味するノクティルーカを経営するバーテンダーであり、夜の世界の人間です。彼は昼の世界から遠ざかりつつあった未来の受け皿となります。
拓海は一時の止まり木としてのノクティルーカと自分の役割を自覚しています。そのため、弟子として未来を受け入れつつも、昼の世界に戻るための選択肢を彼女に残す配慮をしています。
昼と夜の狭間にいる主人公をはさみ、拓海と対照的な位置にいるのは「間昼翔太」です。未来の幼なじみであり、昼の世界で未来と一緒にいた時間がもっとも長いキャラだと言えます。
拓海と翔太ルートの特徴は、2人との恋模様と同じくらい主人公の将来に力点が置かれていることでしょう。拓海と翔太の住む世界は、完全に夜と昼とに分かれています。したがって、「主人公の選択」と「今後彼女が生きていく世界」もはっきりと二分されるのです。
拓海や翔太とは別のベクトルで主人公と交流するのが、「朝倉陸」です。朝倉は昼の世界(あだ名は"王子"の大学生)と夜の世界(ニューハーフバーの売れっ子)の両方で活動しています。しかしどちらにも力点を置かず、本当の性格をさらけ出すこともありません。また、彼には目指すものがあります。
未来もまた昼夜両方の世界に中途半端な形で所属しつつ、バーテンダーを目指しています。だから朝倉は未来に似た立場にあるキャラだと言えるかもしれません。朝倉ルートでは主人公自身の掘り下げは少なく、朝倉の問題解決を手助けする流れが多いです。それもあってか、一番乙女ゲーらしい趣きがあった気がします。
「末明夏樹」は、隠しキャラなのでストーリーの分量は少なめです。「未明(夜が明けきらない頃)」という名字通り、彼は拓海と立ち位置の近いキャラクターです(拓海の友人で未来より年上)。
ただ末明は、ルートラストで「昼の世界に戻ってほしい」と未来に頼みます。ある意味、「夜→末明→朝(→昼)」という時間の流れにそったストーリー展開だと言えるかもしれません。
目にも耳にも快い『mix.』
『mix.』は非常に雰囲気の良いゲームでした。ゲームをプレイするとき、個人的に重視するのは「雰囲気の良さ」だったりします。フリゲの場合は特にそうです。
ちょっと考えたのですが、「雰囲気が良い」(と私が思う)ゲームは、たいてい「視覚と聴覚に細やかに訴えかけてくる」&「タイトル画面前後のツカミがバッチリ」という2つの特徴を持っています。
まず「視覚と聴覚への訴えかけ」について。雰囲気の良いゲームの画面と音響は、目と耳に快いことが多いです。具体的には、画面の色味と各オブジェクトの配置や字体(視覚)、BGMやSE(聴覚)などへのこだわりが感じられます。そういった細部にこだわっている作品は、その作品なりの雰囲気の確立に成功していることが多い気がします。
個人的に、SE(サウンドエフェクト)は特に重要な要素だと思います。SE挿入のタイミングが絶妙なゲームは、たいてい音の扱いやそれに絡んだ演出に優れています。
「ツカミがバッチリ」については、「起動~タイトル画面~プロローグ」の段階でプレイヤーの興味を引くことに成功しているかということです。なんだかんだ第一印象は大切です。
出だしはゲームの方向性によって千差万別なので、はっきりと「こういうツカミがいい」とは言えません。そこで、個人の意見とことわった上で、以下にいくつか印象的だったツカミを挙げてみます。要するに気に入ったフリーゲームの冒頭演出を並べているだけです。
例1:『Ruina 廃都の物語』:重厚で神秘的なタイトル画面から、厳粛でミステリアスなBGMが流れるキャラメイクパートに突入。ファンタジーの鼓動を感じる。
例2:小麦畑作品:基本的に音の演出にこだわった作品が多い。あえて一つ挙げるなら、短いながらも印象的なサークルロゴのSE演出が好き。
例3:『かげろうは涼風にゆれて』:夏らしい清涼感溢れるタイトル画面。選択時にチリンと風鈴のSEが鳴り響いた時点でゲームに浸る用意は万端。
例4:『Aくんと祭のむこう』:祭りの熱と寂しさをはらんだBGMと儚く鈍いSE。タイトル画面がゲーム全体の空気を体現している。
関連記事:『Ruina 廃都の物語』 感想 考察 / 『冠を持つ神の手』 感想 考察 / 『かげろうは涼風にゆれて』 感想 攻略
目の快さ、耳の快さ
それでは、「雰囲気の良さ」と「最初のツカミ」の2点について、『mix.』はどうだったかということを書きます。
結論から言えば、『mix.』は目にも耳にも快いゲームでした。「心地良い」というよりは、快感込みで「快い」という感じです。
まず視覚的に、『mix.』は「綺麗」なゲームです。「キレイ」ではなく「綺麗」、"clean"ではなく"beautiful"です。色鮮やかで華やかなのに、うるさくないし清涼感があります。画面作りへのこだわりを感じました。
「結構人って、綺麗な物が好きなんだよ」と作中でとあるキャラが発言しますが、実際にプレイしている人間としても納得の一言でした。
特筆すべきは、特定の場所から場所へ移動するときに入るカットイン演出でしょうか。ワンカットだけで次のシーンの雰囲気を創り出しています。しかも重要なのは、演出の速度がプレイする上で煩わしくないことです。演出と操作性を両立させているのが見事です。
その他、「閉じる」をクリックしたときに出る、吉里吉里特有の「終了しますか?」ボックスもオシャレでした。細部まで凝っていて感心しました。
音に関しては、特にSE演出が巧みでした。グラスに頻繁に触れるバーテンダーADVだけあり、「グラス関係のSE」が充実していた印象です。「カラン」とグラスの中で氷が溶けるかそけない音や、「チン」グラス同士が触れあうかすかな音など、音の一つ一つに丁寧に存在感を持たせている気がしました。一音一音が際立って聞こえるというか。
また、音に関しては、BGMも良かったです。ムーディーで大人っぽいノクティルーカBGMを中心に、落ち着いた雰囲気の楽曲で全体が統一されていました。次に書くように、タイトル画面の音楽が好きです。
ツカミの良さについて
最後に「ツカミの良さ」についてですが、『mix.』の導入部は視覚・聴覚の両者に訴えかける印象的なものだったと思います。
初プレイ時は、ロゴが出たときの「ティン、カランカラン……」という小気味いい音にハッとし、続くカラフルなタイトル画面を見て気分が浮き立ったのを覚えています。ロゴ演出、タイトル画面(with BGM)ともに素晴らしいと思いました。
特にBGMはずっと聞いていたい快いミュージックでした。夜っぽい気だるげさとポップな明るさが同居している感じが好きです。
また、OPの導入(名前を決めるまでのシーン)も短いながら良い雰囲気です。画面の切り替えと音のマッチングが心地よく、無音とSEのみでカットを重ねることで、ノクティルーカに初めて入るプレイヤーの期待と臨場感を高めることに成功しています。「他とは違う場所」としてのノクティルーカの雰囲気がよく伝わってくる場面でした(個人的には、「いらっしゃいませ」の前にもう少しのタメがあればなおよかったなーと感じました)。
長々と書きましたが、『mix.』は綺麗で快いゲームです。気持ちよくゲーム世界に浸ることができました。
*****今回は『mix.』について感想多めのレビューを書きました。次回は、攻略キャラ4名の個別ルートとエンディングに関してネタバレ込みの感想と攻略方法を書こうと思います。
記事その2:『mix.』(ミックス) 攻略キャラ4人のルート&エンディングの感想 その2 ※ネタバレ注意
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