『箱弐伍遺体』(はこにごいたい) 某掲示板発のホラーノベルゲーム 感想&考察 ※ネタバレ注意
2ちゃんねる発の怖い話を題材にしたホラーサウンドノベル、『箱弐伍遺体』の感想記事です。ネタバレや元ネタ考察、解説を含みます。制作スタッフは「箱弐伍遺体」製作委員会様。作品のダウンロードページ(Vector)はこちらです。 → 箱弐伍遺体
箱弐伍遺体
『箱弐伍遺体』は、エレベータ内に閉じ込められた少女5人が、自分たちを襲った怪異について順々に打ち明けるノベルゲームです。特典を含め、すべて読み終わるまでに約3時間かかりました。15歳以上推奨。一部に流血・グロシーンが含まれます。
『箱弐伍遺体』を制作されたのは、『2ch発祥の怖い話をモチーフにしたノベルゲーム作るスレ』の有志です。普段はそうでもないですが、たまに怖いもの見たさでホラーノベルが読みたくなるときがあります。そこで今回は前々から名前だけは聞き及んでいた『箱弐伍遺体』をプレイさせていただきました。
制作スタッフは総勢17名と大人数ですが、個々の要素のクオリティーが高く、それらがケンカせずに調和していたのが印象的でした。シナリオ、CG、背景、音楽とすべて分業で担当されているのに、見事な統一感だと思います。OPムービーまで存在することには驚きました。
以下、ストーリーや結末に関する感想&考察です。未見の方はネタバレにご注意ください。また、記事内の画像には、公式サイトからダウンロードできる紹介用画像素材を使用させていただきました。
『箱弐伍遺体』のあらすじ
『箱弐伍遺体』のあらすじを書きます。
箱弐伍遺体
ネット上の掲示板を介し、5人の少女はある目的のために初めて顔を合わせました。彼女たちが互いに了解していたのは、「他人の事情を詮索しない」ということ。しかし、計画を実行する場所として選んだマンションの屋上へ向かう途中、エレベーターが突如停電で停止してしまいます。
全員で復旧を待つ中、メンバーの一人が口火を切ります。どうせなら、誰にも言えなかった秘密をここで打ち明けないか、と。1人の告白を皮切りに、5人の少女は重い口を開き、それぞれの秘密を語り始めます。
チャットパートについて HNと怪異の元ネタ
箱弐伍遺体
『箱弐御遺体』の冒頭では、ある特殊なサイトでのチャット会話が展開されます。このサイトに集まったチャットメンバーのうち、計画を実際に実行しようと決めた者たちが後日顔を合わせ、本編の物語が始まるわけです。
このチャットパート、かなり臨場感があって見ていて面白かったです。順々にポップされるメッセージといい、背景のヒエロニムス・ボスっぽい絵といい、良い味が出ています。
ところで、チャットメンバーのハンドルネームにはそれぞれ怪談にちなんだ元ネタがあるようです。というわけで、「主要キャラのHN元ネタと名前との対応」と「他のチャットメンバーのHN元ネタ」を考察込みでまとめました。
主要キャラ5人について
「あらすじ」でも述べた通り、『箱弐御遺体』の主要キャラは5名の少女。あるサイトをきっかけに顔を合わせた彼女らは、年齢も出身地もバラバラ。しかし「過去におぞましい怪異体験に見舞われ、それゆえに自らの命を終わらせようとしている」という一点で思いを同じくしているようです。以下、主要キャラ5人を簡単に説明します。
◇Eco/永倉栄子
明るく人当たりの良いショートカットの大学生。秘密を語り合うことを提案し、先陣を切って自らの過去を告白する人物。HNは、栄子→エイコ→エコ→Eco。"i(アイ)"の消失。
◇hide/妹尾真尋
可愛らしい外見の女子高校生。不思議ちゃん系。オカルト現象に興味を持っており、そのせいでいじめに遭ってしまう。HNは「ひとりかくれんぼ」から"hide(隠れる)"か。
◇YUMA/宮田紫織
黒髪ストレートの小柄な女子中学生。5人の中で一番年下らしく、大人しい性格をしている。HNは"UMA(未確認動物)"から? あるいは話の中に登場するA君の名前とか。
◇MyaKO/天音美夜子
目が死んでいる女子高校生。常にピリピリとした態度をとり、神経質でとげとげしい。HNは美夜子→Miyako→MyaKO。"i(アイ)"の消失。
◇AYA/柊千春
最後に秘密を告白する人物。マンションを下見し決行場所として提案した人物。HNは話に登場する友人の「綾佳」からか。また、鏡合わせのスペリングは2つの人格を示唆するもの?
その他のチャットメンバーについて
先述した通り、『箱弐御遺体』の導入部は「あるサイトでのチャット」という形式をとって進みます。チャットルームには上に書いた主要キャラ5人以外に、6人のチャットメンバーが存在します。彼/彼女ら6人は、5人の少女とは違って計画実行の場に現れませんでした。この6人のチャットメンバーのHNについても元ネタが存在するので、以下に説明します。
◆hagoita→?
「hagoita」は、おそらく視点人物の「私」です。プレイヤーはhagoitaの目線でチャットを眺め、少女たちの話を聞くことになります。
hagoitaの存在は序盤で消え、そこから終盤まで現れることはありません。その序盤では、「ここに来るまで死ぬことは考えてなかった。ここを見つけたとき皆が自分より充実している気がした。だから死のうかなと思った。今は毎日が楽しい」……と書き込んでいます。この書き込みは、彼/彼女の傍観者的ポジションの暗示だったのかもしれません。
hagoita → 羽子板(?)*絡みの怖い話は今のところ確認できませんでした。ただ、羽子板は魔除けの道具らしいですね。
*追記:"hagoita"は"hakonigoitai(はこにごいたい)"からのネーミングかもしれないと後で思いました。その場合"konii"が残ります。"hagoita"と組み合わせて、"hagoita no iki"(hagoitaの遺棄/息)とかこじつけられないかなーと考えましたが、あまりしっくりきませんね。
◆8shaku →「八尺様」
「八尺様」は、八尺(約240cm)の背丈を持つ大女です。帽子に白いワンピースを着用し、「ぽぽぽ」と奇妙な笑い声を発します。気に入った男性につきまとい、数日中にその命を奪うと言われています。
◆ryomen →「リョウメンスクナ」
「リョウメンスクナ」は、頭が2つ、手が4本あるミイラです。呪法のために蠱毒ののち即身仏にされた人間であり、伝来した地域に天災をもたらすとされています。
◆kisaragi →「きさらぎ駅」
「きさらぎ駅」は、掲示板発祥の有名な都市伝説です。「きさらぎ駅」という無人駅に降り立った女性の書き込みが元ネタ。彼女の書き込みはある時点で完全に途絶えてしまったそうです。ちなみに、クリア後特典には元ネタの書き込みをストーリー仕立てにしたお話が収録されています。かなり面白いのでオススメです。
また、チャットメンバーとしての「kisaragi」は、誰に対しても口が悪く攻撃的な人物です。特にMyaKOを煽ることを楽しんでいます。計画の最終確認の場で意味深な呼びかけをしたりと、直接は現れなかったものの気になる存在ではあります。
◆kasima →「カシマさん」
「カシマさん」は、「カシマレイコ」等とも呼ばれる都市伝説の一つです。謎かけをし、正しく答えられなかった者の身体の一部を奪うそうです。
◆kotori →「コトリバコ」
「コトリバコ」とは、水子の遺体などを使用する呪法によってつくり出された小箱を指します。この小箱は女子供に甚大な苦痛を与えて死に至らしめると言われています。この「コトリバコ」についても、特典内でほぼ原典そのままのストーリーを読むことができます。
『箱弐伍遺体』の感想(5つの怪談中心)
箱弐御遺体
『箱弐御遺体』に登場する5人のキャラクターが語る怪談、および同ゲームの結末に関する感想です。以下にはネタバレが思い切り含まれます。
永倉栄子 「国鉄」
Ecoこと「永倉栄子」の話の元ネタですが、「国鉄」*でググっても似た感じの話がヒットしませんでした。
*追記:コメントで教えていただきましたが、栄子の話のベースになった怪談は、「終電(車)」のようです。終電に乗った男性が、母親と子供の会話を耳にし、その後彼らの姿を目撃する……という内容の書き込みで、栄子の語る心霊エピソードと内容が酷似しています。親子の会話の中で「国鉄」という単語も出ているので、おそらく間違いないと思います。
元ネタがわからず気になっていたのでスッキリしました。Futabaさん、ありがとうございました!
怪異要素は電車での死体との遭遇くらいで、サスペンスホラーの色合いが強い短編です。語り手である永倉の人生に拭いきれない影を落とした義理の母と弟の死、その犯人はまさかの……というどんでん返しが印象的。単純にクオリティーが高く、読み物としては5つの短編の中で一番面白いのではないかと思います。
初見では最後の最後で明かされる真実に戦慄し、「楽にした」の意味を理解してまたゾッとしました。冒頭で永倉は、「自分は天涯孤独だ」と前置きをするんですよね。でも話を聞いてみると、その宣言は最後の方まで事実と食い違っています。この微妙な違和感がオチでしっかりと回収されるわけです。
よい話は本質的にミステリであるという言葉を聞いたことがありますが、『国鉄』にもそれがピッタリ当てはまると思います。巧みな構成でした。
ところで、永倉を襲った悲劇についてひとつ思ったことがあります。事故の瞬間、義理の母は怖い顔で手を伸ばしてきたと永倉は語ります。永倉はそこに義理の母の変わらない憎しみを見出しました。しかし「手を伸ばす」という行動に関して、「永倉を事故に巻き込みたくないがゆえの行為だったのではないか」と個人的には感じました。
要するに、怖い顔と突き出した手は「来るな」のジェスチャーだったのではないか、と。特に電車での母子の会話を読んでいて、その可能性はあるんじゃないかなーと思いました。もちろん本当に最後まで憎んでいただけかもしれませんが。
妹尾真尋 「ひとりかくれんぼ」
hideこと「妹尾真尋」の話の元ネタはそのまま、ひとりかくれんぼ」です。手順を踏んで霊を呼び出し、一緒に鬼ごっこをするというものですね。呼ぶときから帰ってもらうまでの手順は、作中で語られていたように様々なパターンが存在するようです。
他の話に比べると、『ひとりかくれんぼ』は最初から最後まで怪異に追い詰められる正統派の怪異ホラー作品でした。一定自業自得とはいえ、妹尾が可哀想になるお話でした。
元ネタ自体怖いですが、この短編もかなりの臨場感に満ちています。特に妹尾がクローゼットに隠れるシーンは終始怖いです。カウントダウン直後から「砂嵐消えてるやん」とプレイヤー目線で気づいていたのに、妹尾が実際に気づく場面では一緒にドキドキしました。総じて恐怖を煽るのがうまいですが、「もっともっと怖い演出を入れてくれても全然OK、むしろ入れてほしい」と思ったストーリーでした。
宮田紫織 「くねくね」
YUMAこと「宮田紫織」の話の元ネタは「くねくね」という怪談です。「くねくね」とは、文字通りくねくねと奇妙に動く謎の白い物体のことです。真夏の水辺で確認されることが多く、「その姿を視界に入れ理解した人間は精神に異常をきたす」と言われています。
紫織の語る「くねくね」は、田舎の牧歌的で平和な雰囲気と、くねくねの不気味さの組み合わせがじわじわと恐怖を煽るお話でした。幸せなひと時から一転してどん底に突き落とされる、理不尽系のホラーです。
5つの短編の中ではこの「くねくね」が一番好きでした。個人的な傾向として、人の濃い情念が表現されるホラーが好みだからでしょうか。
人ならぬものに寄生され、人間の形をしながらくねくねとうごめく生き物に変わってしまうおぞましさには絶望もひとしお。その一方で、我が子や愛する人を思う女性たちの情念の深さが際立つ、ヒューマンホラー系のストーリーでもあったと思います。
宮田がA君の家に忍び込むシーンと、A君とA君の母の訃報が伝えられるシーンには「ああ……」と思いました。恐怖と一緒に悲しみもこみ上げてくるというか。「我が子がくねくねになっても~」という宮田母の言葉は、ストーリー全体の印象を体現している気がします。
総じて「夏×初恋×悲劇」がツボでした。短い日常パートをしっかりと描くことで、ホラーパートとの落差を演出している点もうまいと思います。語り手の宮田は最年少であり、幼い印象が強いです。そのために好きな人の後を追うことに迷いがない姿勢をよりいっそう切なく思いました。
天音美夜子 「邪視」
MyaKOこと「天音美夜子」の話の元ネタは、「邪視」と遭遇したときの体験談です。邪視は目のあったものの精神に影響を及ぼし、どこまでもその後を追います。海外ではイーブル・アイと呼ばれ、世界各地に伝承と魔除けの品物が伝わっています*。
「邪視」も「くねくね」と同じく、怪物に出くわし、家族を奪われ、自らも追い詰められる理不尽系ホラーです。話の構成そのものはごくシンプル。ただ、怪異そのものと同じくらいに、転落してズタボロになっていく美夜子の心情にスポットライトが当たっていたことが印象的でした。
キャラクターとしては美夜子が一番好きでした。5人の中でも特にどん底に叩き落とされた感が際立つキャラであり、一番可哀想というか哀れに感じました。あと絶望顔で泣き笑いする立ち絵が非常にイイ。それまでヒステリックでとげとげしい印象が強かった分、幸福だったころの姿を提示されるとギャップが鮮やかでした。
――そう、私は夢を見ているだけ。深い深い夢の中で苦悩していただけ。滑稽。何処までも滑稽。存在しなかった出来事を悲しみ、慈しむ。生きている弟の死に絶望する。もう、こんな茶番は終わらせるの。さぁ、早く目を覚ましましょう。夢の中での天音美夜子という人間の物語を終わらせましょう。
箱弐伍遺体
――息の根を止める。それで何もかも終わるの。次に目を覚ました時、私の前には再び暖かさが待っている。それだけが死にいく私の最期の願い――
個人的にハッとした箇所は上に引用させていただいた部分です。深い絶望に打ち沈んだこのモノローグ、不思議と美しいと思います。
邪視に乗っ取られた可愛い弟を見た時点で、美夜子はすり減った精神にトドメを刺されてしまったのでしょう。実際そうなっても仕方がないくらいにキツイ話です。美夜子の弟への哀惜と後悔には、やや泣けるものがありました。
*ところで、軽くググってみたところ、邪視に対する魔除けの品をいくつか確認できました。たとえば、直球で「イーブル・アイ」というデザインがあります。青い円の真ん中に黒い丸を置き、目を模したものです。「目には目を」ということなのでしょうか。中東周辺におけるイーブル・アイは、一般に青い瞳を指すようです(参考:以下の画像)。
また、「ハムサ」というデザインorシンボルも有名です(下記の画像を参照)。手のひらの中央に目を配置したデザインですね。某ともだちを思い出します。 地域によっては、「ファーティマの手」とか「ミリアムの手」とか呼ばれているようです。
柊千春 「みんな人形って洗ってやったりしてる?」
最後にAYAこと「柊千春」が語るのは、「みんな人形って洗ってやったりしてる?」というお話。サイコホラーテイストの物語です。
ここまでの4つの短編はテイストこそ違えど楽しめたのですが、この最後の話はしっくりこなかったです。オチをうまく表現しきれていない感じがしたのと、千春本人のキャラにあまり魅力を感じられませんでした。いきなり目が細くなる狂気顔&いきなりのアヒャヒャ笑いについては、よくある表現だなという感想を抱きました。
これまでの4人は精神を病んだり追い詰められたりしていても、けして「狂人」ではありませんでした。だから、最後の最後にサイコな千春が出てきてやや鼻白んだところがあります。
『箱弐御遺体』の結末
『箱弐御遺体』の結部では、プレイヤーが「私」こと6人目の傍観者であったことが明かされます。
端的にオチを説明すると、黒幕・千春の一人勝ちでした。エレベーターという「箱」の中には、目玉をくりぬかれた「遺体」が「5つ」残されることになるのでしょう。千春は復旧を待って逃げ出したのか、逮捕されたのか、それとも救助に来た人間をも手にかけ屋上へと向かったのか。そこは謎として残されるエンドでした。
黒幕によるほぼ全滅オチには唐突感が先に立ちました。千春の個人ストーリーと地続きの感想になりますが、ラストでよりにもよって千春が無双するのか……とどうしても思ってしまいました。
結末(というか千春の話)に至るまでは、怪異現象が哀れな人間をいたぶる、心理描写も生々しいホラーが展開されていたと思います。それなのに、肝心のラストで二重人格(と言ってもいい気がします)の狂人が凶行を繰り広げて話を収束させてしまうのは悪い意味で肩透かしでした。強引というかそこだけ全体から浮き上がってしまうというか。
「怪異よりも人間の方が怖い」……そんなメッセージの込められたオチなのでしょうか。
おまけの怪談の感想
『箱弐御遺体』本編を読了すると、特典として同じく掲示板発祥の怖い話をいくつか読むことができます。書き込み内容そのままの話もあれば、物語調にアレンジしたものもあり、趣向の異なる怖い話を様々に楽しめます。その中で印象に残った怖い話について、以下に簡単な感想を書きました。
「うちの兄にいつか喰われるかもしれない」
「うちの兄にいつか喰われるかもしれない」は、カニバ要素を含む正統派の掲示板ホラーです。オカ板の話を第三者的に楽しんでいたはずが、スレ主=自分の友人だったという衝撃の展開。しかも語り手自身が深淵に飲み込まれてしまうオチでした。
スレ主が自分に近しい人間だった展開はありがちかもしれませんが、このお話は語りが巧いのでとにかくドキドキします。
「きさらぎ駅」
「きさらぎ駅」は、元ネタである一連の掲示板の書き込みをストーリー仕立てにしたお話です。視点人物は書き込みをした女性ではなく、「女性の書き込みを眺めていた閲覧者の1人」です。
ざっくりと説明するなら、「どうせ作りごと」と高みの見物でスレ主とやりとりしていたら、自分自身も同じ状況に陥ったことに気づく……という内容です。
この話の面白いポイントは、視点人物がいい感じに鼻につくキャラとして造形されている点だと思います。視点人物が掲示板のレスを読むのに没頭し始めたあたりから、「いつ自分が乗っている電車の異常に気づくのかなー」とワクワクしていました。期待を裏切らないオチになってにっこりしました。でも実際に視点人物と同じ立場に立たされたら、超怖いだろうなと思います。
「きよみちゃん」
「きよみちゃん」は、怖い話ではなく、一瞬だけ時を超える感動系のお話です。子供の頃、家庭のことで悪口を言われることのあった語り手になんの偏見もためらいもなく仲良くしてくれた「きよみちゃん」。そのきよみちゃんのことを大人になって思い出した語り手の心が、昔の自分に一瞬だけ宿る……という不思議な展開でした。
きよみちゃんとの約束を語り手が覚えていたことと、彼女自身もきよみちゃんに万感の思いを込めて語りかける流れに、けっこうジーンとしてしまいました。語り手もきよみちゃんも、大人になっても互いへの友情を心のどこかに抱き続けていたんだなーと。幼き日の友情のかけがえのなさが心に沁みるお話だと思います。
「山祭り」
京都の貴船に母と旅行した男性が、2人で山のお祭りに招かれます。幽霊は登場するものの、怖さのない感動系ストーリーです。「あの世とこの世に分かれた人々が、山祭りという特別な行事の中で交わって語らう」という、言ってしまえばよくあるタイプのお話です。しかし正直に言って泣きました。こういう系の話に本当に弱いです。
ホロリとくるのはやはり、語り手とそのお母さんの設定です。結婚して数年後に夫を亡くし、忘れ形見の息子たちを女手一つで育て上げたお母さん。そんなお母さんが十数年以上経って夫と再会する。もうこれだけで目頭が熱くなります。
一方の語り手(成人済み)は、物心ついた頃にはすでにいなかった父親と対面し、自分のことをとめどなく話しながらひたすらに泣きます。そして別れるときには「長男だから」と頼もしく胸を張ってみせます。このあたりの描写がまた上手く、読者としてはガンガンに涙腺を刺激されました。
そういうわけで、「山祭り」は特典の中では一番好きなお話です。招待してくれたおじいさんの京都弁といい、細部の描写がうまい話だと思います。情景もよく伝わってくるし、全体の語りもすごく好きでした。
「竹林で」
伝聞伝聞、のちに実録のホラー話です。友達のお母さんが小屋の中で首を……とのっけから衝撃の展開。その後、「転校」したはずの友達の幽霊が、同じ小屋の中に出るようになりました。大きな口を開け、叫び続ける友達の幽霊。大人になって伝聞を確かめに行った語り手は、実際にその幽霊に遭遇してしまいます。
首をくくった母親の霊ではなく、母の死体を見て叫び続ける友達の霊が出る……というのが絶妙に怖いお話でした。なぜ友達の幽霊が出るようになったのか。転校先で何があったのか。そもそも友達は本当に転校したのか(もしかしてひぐらし的な『転校』だったのか)。不気味な謎の残るいいホラーです。
「コトリバコ」
「コトリバコ」は、陰惨な因習系ホラーです。アングラな要素が多分に含まれる、掲示板の隅でひっそりと語られていそうな雰囲気の話でした。
コトリバコ=「子取り箱」です。作成方法といいその効果といい、恐ろしいの一言に尽きます。ただ個人的には、『ひぐらしのなく頃に』や横溝正史の作品に含まれるようなホラー要素(閉鎖的な村社会、因習、生々しいグロ要素、血の因縁)がけっこう好きなので、「コトリバコ」も興味深い内容ではありました。
良い意味での作り話臭さと、古い伝承を盛り込んだリアルさが両立している、読みごたえのあるお話だと思います。たとえばMがビビって取り乱すくだりには、ついつい引き込まれてしまうような迫力があります。
*****ホラーノベルは目が冴えてしまった深夜にプレイすると楽しいですね。『箱弐御遺体』は深夜にプレイしたこともあって、呼んでいる途中も読み終わった後も怖かったです。夏、あるいは秋の夜長のお供にピッタリのノベルゲームかもしれません。面白かったです。
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